5話 お買い物に行こう! 3
ユニ〇ロも、たくさん買えば、高くなる。
アホみたいな五七五を心の中で詠みながら、心と共に軽くなった財布とは対照的にズシリと重い紙袋をぶら下げ、シルフィのもとへ向かった。
彼女は店の入り口で来ている服を嬉しそうに眺めていた。
高くなったけど買ってよかった。
その様子を見るだけでそう思えた。
「シルフィ、お待たせ」
「ダーリン! この服、おしゃれなのにとっても着心地いいわ!」
店を出た後も、シルフィは興奮気味に買った服について熱く語っていた。
曰く、彼女が元いた世界ではこんなにデザインと機能性を両立した服はなかったそうで。かなり腕利きの職人が手掛けているに違いない、元いた世界では天下を取れる等々…。
シルフィよ。残念ながら全部機械生産なんだ…。
あんなにキラキラした目で語られては、無機質で冷たい現実は言い出せまい。
俺は“言わぬが花”という言葉の意味を、齢25にしてようやく理解したのであった。
「あ、でも」
立て板に水のように称賛していた彼女だが、はっと思い出したように、
「この胸のところ、型が入ってて押し付けられるみたいで少し違和感かなぁ」
胸を触りながら言った。
…忘れてた。シルフィ、ブラというものを知らないんだった。
彼女にとってはノーブラが常識かもしれないが、こちらの世界でノーブラは非常にまずい。シルフィほどの威力となると最悪、核戦争のきっかけになりかねない。
しかし、どうする…。俺がブラの必要性を説くには圧倒的に知識が足りない!
冷や汗をかきながら、頭を回していると、
「でもこれ、胸が固定されてて楽! そのままだと揺れて付け根が痛かったりするから」
とシルフィが言う。
ありがたい。その文言、そのまま使わせてもらうぞ!
「ねぇシルフィ。こっちの世界にはさ、女性がつける胸当てがあるんだ。さっき君が言ったように揺れていたくならないようにしたりするために、こっちの世界の女性たちはみんなつけてるんだよ」
「へぇー。そんなものまであるのね」
「ああ、ブラジャーって言うんだ。下に履く肌着、ショーツって言ったほうがいいかな。それと併せておしゃれなものもあるみたいだよ」
「おしゃれな肌着もあるの!? 見たい見たい!」
ぃよし! 我ながら完璧な誘導だ。これで下着問題も解決できるだろう。
店内地図とにらめっこしながらなんとか女性用下着店にたどり着いた。
「わぁ!」
「うぉぉ…」
ピンクの壁紙、煌びやかを通り越して若干眩しいさえと感じるほどの下着の展示に気圧される。そんな俺とは裏腹に歓声を上げるシルフィ。
どうしたらいいものか、戸惑っていると、それに気付いた店員さんが近づいて声を掛けてくれた。正直、すごい助かる。
「いらっしゃいませー。お連れ様のお下着の購入ですか?」
「あ、はい。色々見繕ってほしいんです」
「かしこまりましたー! ではお客様こちらへどうぞ!」
そういうと、店員さんはシルフィを店内に案内する。すると彼女は首をかしげていった。
「あれ? さっきみたくダーリンも一緒に選んでくれないの?」
「女性用の下着売り場だし、男の俺がいると、ねぇ…?」
頼むどうにか察してくれ。俺の願いもむなしく、シルフィは真顔で、
「そお? 別にダーリンになら見られても全然大丈夫だけど」
と返した。
いや、そっちが大丈夫でもこっちがだいじょばないの! 色んな意味で!
俺たちの様子で何かを察したのか、店員さんはにんまりと笑いながら俺のほうを向く。
「あらー↑ お連れ様もこう言ってることですし、ご一緒にいかがですかぁ?」
「か、勘弁してくださいよ…」
お手上げだという風に両手を上げると、店員さんは小さく笑いながら言った。
「ふふ、冗談ですよ。他の女性のお客様もいらっしゃいますし、お連れ様のみでお願いいただけますか?」
「そうだね。シルフィだけじゃなくて他のお客さんもいるからさ」
俺と店員さんの言葉を聞いて、少し不貞腐れた様子を見せながら、
「…わかった」
と頷いた。
「じゃあ終わるまで、そこの椅子で座って待ってるよ。あ、支払いはこのカード使ってね」
俺はクレジットカードを渡しながら、少し離れたところに設置してあるベンチを指さした。
「うん、終わったら行くね」
そういうとシルフィは店員さんに連れられて、店の奥へ入っていった。
…今ならシルフィに俺の行動は見えないな。なら今のうちに。
俺は“あるもの”を探しに、ベンチとは反対方向へ向かった。
数十分後。
シルフィはニコニコしながら戦利品を携えて、俺が座るベンチのほうへ駆け寄ってきた。
服と下着は確保できた。とりあえず後買うべきは、女性用のシャンプーやリンス、アイロンくらいか。
モールの店舗をぶらぶらと回る道中で、ぱぱっと買う。
気付けばもう18時。外も暗くなっていた。
ショッピングモールから自宅へ帰る道中にあるパスタ屋のいい香りにつられるまま入店。夕食をそこで済ませ、自宅へ帰ってきた。
見慣れた玄関に入ると、心地の良い疲れが俺たちを襲った。
「疲れたけど、楽しかったねダーリン」
「そうだなぁ…」
久しぶりにかなりの距離を歩いたせいか、足がもうパンパンだ。風呂に入って揉み解そう
「お風呂にお湯入れるけど、先に入りたい?」
シルフィに聞くと、首を傾げた。
「お風呂?」
どうやらエルフの村には風呂という概念が浸透していないらしい。聞くと体が汚れたり、汗をかいたりしたときは村の近くを流れる川で体を洗っていたそうだ。
ざっくりとこの世界では、お風呂というお湯で暖まりながら、汚れを流す設備があるのだと説明する。
…さて。この先の展開はもうお分かりだろう。
そう。シャワー、湯舟といった設備の説明やシャンプーやリンス、ボディソープの使い方等々、彼女に教えねばならない。つまりは一緒に風呂に入る必要が出てくるのだ。
いつもの俺ならば、ここで理性は木っ端微塵に砕け散っていただろう。
しかし、俺は今日やらなければいけないことがある。それを確実に遂行するために手段は選ばない。
俺は一緒に風呂に入り、シルフィに一通りの説明をした後、意識が飛ぶ一瞬手前までのぼせることで一緒に風呂に入ったという記憶を飛ばすことに成功。無事、理性を保ったのである。
「気に入った服、いろいろ見つかってよかったね」
風呂から上がり、彼女の髪をドライヤーで乾かしながら俺は言った。
「うん! 今までで一番楽しいショッピングだったかも! 帰りに食べたご飯も美味しかったなぁ」
足をぱたぱたと動かしながら、楽しそうに答えた。
「俺たちが今いるのは日本っていう国で、ここには季節が4つある。その季節ごとに服も、美味しい食べ物も移り変わっていくんだ」
髪を乾かし終え、俺は紙袋に手を入れ、あるものを探す。
「だからさ、これからもいっぱいお買い物に行こう。色んな服を見て、美味しいものを一緒に食べよう」
俺は、お嫁さんになりたいと彼女に求められたとき、意識せずに回答から避けてしまっていた。日々に忙殺され、ただ意味もなく生きているだけの俺には、誰かに求められる資格などない、と。
そんな俺を彼女は、いとも簡単に肯定してしまった。それは俺のことを深く知らないがゆえに出来たことかもしれない。俺という人間を深く知れば、幻滅してしまうかもしれない。
それでも、俺は思ってしまったのだ。もっと、笹原祐介という自分を知って欲しいと。もっと、シルフィ・ルシアーノ・エルリュークという貴女を知りたいと。
これは覚悟だ。
不格好な自分を知られる覚悟。
そんな自分を超えて、彼女に見合う男になってやるという覚悟。
そして、彼女をもっと知るという覚悟。
俺は、紙袋から小さな箱を取り出した。頭にはてなを浮かべながら座る彼女の前で膝をつく。
箱を開け、小さな指輪を取り出す。
カスミソウの意匠の指輪。
「こっちの世界では、婚約するとき、左手の薬指に指輪を嵌めるんだ。確か心臓とつながる血管が左手の薬指とつながってるって思われてたのが理由らしいけど」
俺は、彼女の“右手”を取り、そして薬指に指輪を嵌める。
「“今は”これで許してほしい。これから一緒に色んな事をして、もっともっと仲良くなろう」
俺が言おうとしていることを察したのか、顔を赤くして、左手で口元を抑えるシルフィ。
恥ずかしいのをぐっと堪え、俺は彼女の目をまっすぐ見て、言った。
「俺と付き合ってくれ、シルフィ」
少しの間を開けて。
シルフィは、今日見せたなかで一番の笑顔で言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします、ダーリン!」