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4話 お買い物に行こう! 2

さて。

手を繋いだ幸福感ですっかり忘れていたが、服を買うにあたって大きな問題がある。

それは、俺に女性ものの服のブランドの知識がさっぱりないことだ。

シルフィのことだ。きっと何を買っても完璧に着こなしてしまうのだろう。ゆるふわ系にストリート系、地雷系に至るまで脳内試着で120点満点は確実だ。

いやいや、一人で盛り上がってる場合じゃない。

よし、こういう時は天下のファッションブランド、ファッション界の困ったときの駆け込み寺たるユ〇クロにお願いするしかない!

ということで、煌びやかな女性洋服専門店をすいすいと横切り、ユニ〇ロのテナントへと足を踏み入れた。

「来る途中、いっぱいお洋服の店あったけどここで買うの?」

シルフィが首をかしげながら俺に聞く。

「途中どこか気になる服あった感じだった?」

まずったかなと思いつつ聞き返すと、

「ううん、ダーリンがここに来たんだもん。ここがいいよ!」

屈託のない笑顔で答えた。

すまん、〇ニクロ。俺は今、君にとんでもない重責を背負わせてしまったかもしれない。

しかし! 勝手も何もわからない女性服専門店で挑戦するよりも、慣れ親しんだところで確実を取るのが吉! 我が作戦に死角なし!

早速、服をたたみ直している女性店員さんに声を掛ける。

「すみませーん」

「はい! どうされましたか?」

「彼女に似合う服を選ぶの手伝ってほしいんです」

「かしこまりましたー。少々お待ちください」

声を掛けた瞬間から一切崩れることない完璧な営業スマイルに、今は安堵すら覚える。これでシルフィの普段使い出来る服は確保できるかな。

「今店員さんに聞いたから、服一緒にえらぼっか」

「こちらの世界では、どの店にも専属の従者が数人いる…。流石、こんなおおきなバザールに出店しているだけはあるってことね…」

とんでもない解釈をしている彼女をよそに、安心する営業スマイルの店員さんが戻ってきた。

「お待たせしましたー。どんな服がお好みですか?」

店員さんがシルフィに聞く。少し考えこんだ後、ちらっとこちらを見てから店員さんに何やら耳打ちをした。

「ゴハ―ッ!」

「店員さぁん!?」

吐血し、その場に崩れ落ちる店員さん。いったい何を言ったんだシルフィ…。

ガクガクと生まれたての小鹿のように足を震わせながら立ち上がる店員さん。その眼には確固たる決意の炎が灯っていた。

「ユニク〇に勤めて20数年…。私はこのために今まで働き続けて来たのね…」

いったい何を言ってるんだこの人は…。

先程の安堵に少しの陰りが見えたのも束の間、凄まじい手際で、

「お客様に似合いそうな服、持ってきました!」

両手のかご一杯の服を持ってきた。

それから、至って普通のショッピングモールの、至って普通の一試着室がファッションショー会場と化した。

シルフィが試着した服のどれもが、奇抜や先進的といった形容詞が付くものではなく、いわゆる“普通の”服であった。

しかし、どうだろう。彼女が着るとファッション雑誌の表紙を飾るような、そのままランウェイをも歩けそうな、そんな存在感を醸し出していた。気付けば、多くのギャラリーが出来、試着室のカーテンが開くたびに歓声が沸いている。

6,7着ほどの試着を終えるとまるで煌びやかな映画を1本見た後のような満足感を、俺を含め、その場にいた全員が感じていた。

「―ハッ!?」

涎を垂らし、恍惚としていた店員さんがようやく自我を取り戻したようだ。瞬時に凛々しい表情に戻り、いつの間にかできていたギャラリーたちを、

「皆さま、他かのお客様の迷惑になりかねますので―!」

と、流石の手際で捌けさせた。

いきなり吐血したり、涎垂らしたり、かと思えばいろんな手際よかったり。俺もうこの店員さんのことよくわかんない…。

ただ一つ言えることは、この人に声を掛けてよかった。

ギャラリーが捌けた後、俺は無言で手を差し出す。店員さんも無言で俺の手を取り、固い握手を交わす。

「本当に、ありがとうございます…。全部、買わせていただきます…」

「いえ、これが私の仕事ですから。今後とも御贔屓に」

やだ、惚れそう…。

一瞬俺が店員さんにときめいたとき、シルフィが試着室のカーテンから顔だけひょこっと出した。

「ねぇダーリン。どれが一番似合ってた?」

「全部とっても似合ってたけど…」

一番か…。黒のキャミソールワンピースも、シンプルなタイトジーンズにTシャツも、彼女が着た服のどれも甲乙つけがたい。強いて一番を決めるとすると。

「デニムジャケットのやつが俺は一番似合ってると思ったよ」

桜色のキャミソールに、ライトブルーのデニムとデニムジャケットを合わせたコーデ。彼女の長い手足も、抜群のスタイルもその全てが際立たせながら、春の暖かな雰囲気も併せ持っていた。俺は一番素敵だと思った。

そういうと、シルフィはにやりと満足げに笑い、店員さんに聞いた。

「ねぇ、これ着てってもいいかしら?」

「かしこまりました。では、タグのほう取りますね」

店員さんはてきぱきとシルフィが着る服のタグを取った。次いで試着した服をたたみ直し、購入かごに入れ終わると、

「会計はこちらになります」

と、案内してくれた。

「じゃあ、俺会計済ませてくるから、お店の入り口で待ってて」

「わかったー」

俺はシルフィにそう言うと、店員さんと共に会計に向かった。

その途中。

「素敵な彼女さんですね」

店員さんが言った。

彼女。お互いを知るために、一緒に暮らそうとは言ったものの付き合おうとは言っていなかった。いきなりお嫁さんとか言い出すから、その前段階にあたる“交際”という関係性に目が向いていなかったんだ。

自分が思っている以上に、ずっと動揺していたことを自覚した。

お互いをもっと知るため。今の、俺とシルフィの関係性は確かにこれが最適だ。

「そうですね。俺にはもったいないくらいに」

店員さんは服をレジに通しながら、ほかのお客さんに聞こえないように小さな声で、

「彼女さん、あなたに好きになってる服が着たいってお願いしたんですよ。そりゃあ、私も張り切っちゃいますよね」

「はぇ―ッ!?」

笑いながら言った。いきなりのカミングアウトに変な声が出てしまった。周りのお客さんが一瞬こちらを見る。

シルフィといると感情が落ち着かない。こんなに落ち着かなくて、こんなに楽しい日は久しぶりだ。日々に忙殺され、重くなっていた心が軽くなっていく。

「今日は、ありがとうございました」

改めてお礼を言うと、安堵する営業スマイルに少しの親しみを添えて、店員さんは言った。

「いえいえ、これが私の仕事ですから。それではお会計――」


心と共に、財布も軽くなりそうだ。


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