3話 お買い物に行こう! 1
「よろしくお願いします、ダーリン!」
満面の笑みでシルフィは答えた。
それから少しの間、彼女の涙は止まらなかった。
考えてみれば、いきなり面倒を見切れないと追放され、見ず知らずの土地に一人投げ出されたのだ。相当不安だったに違いない。
彼女の涙が落ち着くまで、俺は優しく背中をさすり続けた。
「ありがとうダーリン。なんだか不格好なところばかり見せちゃってるね」
目尻を赤くしながら、少し気まずそうに言った。
「なぁに、かっこ悪さで言ったら俺の足元にも及ばないさ」
自分で言って悲しくなりながらも、シルフィがふふ、と小さく笑ってくれたので良しとしよう。
さて、これからシルフィと一緒に暮らすことになるわけだが、差し当たって問題が発生している。それは、男の一人部屋には女性とって必要となるであろうモノが圧倒的に不足していることである。
下着や女性用の服、シャンプー、リンス、歯ブラシはストックしてあるやつでいいか。ほかには化粧品? 髪長いしヘアアイロンとかもあったほうがいいのか…?
必要なものを挙げ始めると枚挙に暇がない。
―ひとまずは日常使いできる下着と服だな。
今のシルフィの格好はなんとも異国情緒あふれる服装なのだ。
セーラー服にワンピースを合わせたような白くひらひらした服である。ところどころにスリットや見たことがない模様が入っている。そして、先ほどの手や胸に訪れた感触や、太もものスリットから位置的に本来見えなくてはならない下着が一切見受けられないことから、あちらの世界のエルフには下着という概念がないらしい。
「よし、買い物に行こう!」
俺は立ち上がり、言った。
「お買い物?」
「うん。服を買いにさ。服のほかに必要なものも色々揃えようか」
「行こう行こう! 私この世界のバザールに行ってみたかったの!」
俺の言葉にシルフィは目を輝かせ、ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねた。
うん、下着はつけてないな。確信が得られたところで、俺はクローゼットからロングコートを出し彼女に羽織らせる。頭に疑問符を浮かべるシルフィ。
「シルフィの格好はこっちの世界じゃあ目立っちゃうし、その服だとちょっと寒いかもしれないから」
「ありがと、ダーリン」
俺の気遣いが嬉しかったのか、にんまりと口角を上げながら言った。
コートの上からでも隠し切ることのできない凹凸や、すらりと伸びた手足が彼女の存在感をこれでもかと醸し出している。
いつもみたいに、他人の目を一切気にしない怠惰の塊みたいな恰好で隣を歩くわけにもいくまい。
「今着替えてくるから、ちょっと待ってて」
そう言い残して、俺は物置部屋と化した一室の収納ケースを片っ端からひっくり返す作業に入った。
ケースをひっくり返し、服を探し回ること約10分。なんとかまともな服を探し出し、買い物に出発した。黒のチノパンにパーカー、ジャケットというなんとも普通のものになってしまったわけだが。
シルフィの隣を歩くためにも、まともな服買わないとなぁ。
そう考えながら、歩いて近くのショッピングモールへ向かっていると彼女がこちらをじっと見ていることに気付いた。
「どうした? 何か変なもの付いてる?」
「ううん。こっちの世界だとそういう服が主流なのかなーって」
と聞く。
すまんシルフィよ。ファッションの知識は皆無である。俺に出来ることはサイズを伝えて、情けなくも店員に今年の流行と俺に何が似合いそうか聞くくらいなのだ。
「服についてはよくわかんないんだ。でも年々で色んな流行があるし、いろんな系統の服が売られてるからきっと楽しいよ」
「ふーん…」
相槌を打ちながら彼女は、俺のつま先から頭までもう一度じっくり見た後、
「今の服もダーリンに似合ってて素敵だけど、もっともーっとダーリンを素敵にする服がいっぱいあるのね!」
本当に楽しそうに言った。
俺は自分の顔が熱を帯びるのを感じた。
この人はこんなにも簡単に俺のことを肯定してくれるんだ。
俺は今どんな顔してるんだろう。きっと情けない顔してるに違いない。
「ははっ、それじゃあちょっと急ぎ足で行こうか」
「ちょっと待ってよー」
俺は顔を見られないように早歩きで前に進む。
なんでだろう、いつもより体が軽いや。
歩くこと10分と少し。
「うわぁ! これがバザールなの!? おっきいぃ!」
俺の住むアパートの最寄りにあるショッピングモールに到着した。シルフィは大はしゃぎだ。
「そうだよ。このおっきい建物の中に色んなお店が入ってるんだ」
「早く早く! 早く入ろ!」
まるで子供のように俺の手を引く。中に入ると、彼女はより一層目を輝かせながらキョロキョロとあたりを見回っていた。
「シルフィが元いた世界だとこういうショッピングモールとかあったの?」
「こんな大規模なものはなかったわ。王都の城下町だと色んな露店とかあって賑わってたりしてたけど、こんなにキラキラしたところは初めて!」
ここまで喜んでくれると、一緒に来た甲斐があるというものだ。
「まずは服を見に行こっか」
「うん!」
今度は俺がシルフィの手を引く。この人混みで離れ離れになったら、スマホを持っていない彼女と合流するのは苦労しそうだ。
「ッ!♡」
さっきまで大はしゃぎだったシルフィの足が止まる。
「どうした?」
振り返るとシルフィは顔を真っ赤にして立ち竦んでいた。
「あの、えぇと、その…」
「どうした? もしかして具合悪い?」
そう聞きながら顔を覗き込むと、更に顔を赤くしながらふるふると首を横に振った。すると、小さな声でシルフィは言った。
「さっきまでテンションおかしくて気が付かなくて…」
恥ずかしそうに、そして幸せそうに続けた。
「ダーリンの手、おっきくてあったかいなぁって…」
「なぁッ!?」
予想外の回答に俺は素っ頓狂な声を出してしまった。彼女のセリフで、握った手を否応なく意識してしまう。
華奢でありながら、温かで柔らかい。
そうか。俺は今、シルフィと手を繋いでるのか。
気付いてしまったが最後。俺の顔がリンゴのように真っ赤になっていくのが鏡を見ずとも分かった。
流れる人混みの真ん中で、手を繋いだまま顔を赤くして立ち尽くす二人。
「手繋いで真っ赤になってるー。可愛いー」
「熱いわねー」
横を通り過ぎる人たちの野次で俺もシルフィも我に返る。
我に返ってお互い見つめあうと。
「…ぷっ」
「…ふふっ」
自然と笑いが込み上げてきた。
いつぶりだろうか。自然にあふれてくる柔らかな笑いは。
誰かの機嫌を伺わずに、自然に笑えたのは。
「行こっか、シルフィ」
「うん、ダーリン」
手を繋ぎ、今度は歩幅を合わせて歩く。
きっと今日は、最高の一日になる。そんな予感がする。