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エピソード4

エピソード4


~静岡県~


電車から降りると、ここからはバスとロープウェイで山頂にある境内まで上がる事になる。揺れるバスの窓から景色を見ていると、400年前に江戸の世界で馬にまたがりソハヤノツルギを探しに来た事を思い出す聖也。お菊が拐われ助ける為には交換条件としてソハヤノツルギを持って行かなくてはならなかったからだ。今、こうして麻衣の姿ではあるが、目の前にはお菊がいる。お菊は聖也がこうして久能山に来るのが二度目だとは知るよしもない…。


麻衣 (お菊) 「…ねぇ、せいきち?」


聖也 「どうした?」


麻衣(お菊) 「もし、この先に鏑木藤十郎がいて倒す事ができたら、どうするの?」


聖也 「どうするって言われても…後は早いとこ刻の歪みを直してもらい、家康様に任せるしかないんじゃないかな…」


麻衣(お菊) 「…そうだよね…」


聖也 「お菊殿だって、元の世界に戻らなきゃならないんだろ?」


麻衣(お菊) 「たしかに戻らなくてはなりませんが…せいきちさんさえ良ければ…」


聖也 「えっ?俺さえ良ければって、ずっとこっちの世界にいられるのっ!?」


麻衣(お菊) 「はい…ただし、麻衣さんには会えなくなりますが…」


聖也はお菊の最後の言葉に全ての意味を悟った。今は麻衣の身体にお菊が憑依している状況が、この世界に残るという事で永遠に麻衣の姿をした"お菊殿"になるという事だ。そして聖也は気付いた事があった。すでに聖也は麻衣と一緒にいたこの不思議な戦いや時間の中で、麻衣の存在を忘れていたのである・・・。


バスはロープウェイの最寄りであるバス停に停まった。そして降車しようとした時、お菊は席から立とうとはしなかった。不思議に思い声を掛けてみるが、お菊は返事をしなかった。


聖也 「どうしたの?ここで降りるよ。」


下を向いたままのお菊は、どこか悲し気な雰囲気である事が伝わってきた。これ以上、バスを停めておく訳にもいかず、聖也はお菊の手を引き降車口へと引っ張って行った。料金を払い、先に聖也がバスから降りた。そしてバスのドアが閉まる音を確認した後に振り向くと、お菊はバスからは降りずに、また最前列の席に座ってしまっていた。聖也は慌ててお菊に向かって降りるように叫んだ。しかし、お菊は一瞬こちらを見たかと思うと、また下を向いてしまい、そして、バスはゆっくりと走り出してしまったのだった。どんどんバスが小さくなっていき、お菊を乗せたままのバスは見えなくなってしまった。バスの前で立ち塞がればお菊を止める事はできたのであろうが、聖也にはそれが出来なかったのだ。なぜなら、一瞬こちらを見た時のお菊の目には大粒の涙が溢れ落ちていたからだった…。


『せいきちさん!たくさん食べてね!残したら承知しないんだから!』

『せいきちさんが、夢の中で何度も私の名前を呼ぶの!』

『私は…せいきちさんの事が…ずっと…』


走馬灯のように過去のお菊との思い出が頭の中を駆け巡っていた。その時、いつか感じたあの暖かい柔らかな風が聖也の頬を吹き抜けた。


(すまぬなぁ、せきいち…)


微かではあったが、たしかに聖也の耳には家康公の声が聞こえたのだ。お菊が気になりしばらくその場に足を停めていたが、今、聖也が成すべき事は鏑木藤十郎の企みをくい止める事。聖也はソハヤノツルギを強く握り締め、久能山へと歩き始めた。


ロープウェイの搭乗口に着くと、何やら様子がおかしかった。観光で来ていたであろう人たちが、不機嫌そうに引き返して行くのだ。何があったのかは分からないが、ロープウェイに乗らずに山道で行くには時間が掛かる。とにかく何があったのか様子を確認しなくてはならなかった。


『只今、安全確認中のためご利用出来ません』


搭乗口前の貼り紙にはそう書かれていた。ここまで来ての足止めに、聖也は落胆を隠せなかった。すると、その表情を見かねてか、係員がゆっくりと近付いてきた。帽子を目深に被り、マスクを付けたその係員は少し不気味にも感じた。


聖也 「いつ頃、乗れるのでしょうか…?」


係員 「・・・」


聖也 「あの…」


係員 「お待ちしておりました…せきいち殿…」


聖也 「!?…お前、誰だっ!」


係員 「上で藤十郎様がお待ちです。さあ、どうぞお乗り下さい。」


どうやら、この係員は鏑木藤十郎の手先の者である。聖也を鏑木の元へと案内するために、わざわざロープウェイを止め一般人を帰らせていたのである。幸いな事に、この係員に扮した手先からは殺気も感じられず、聖也に攻撃する様子も見受けられなかった。余裕なのか罠なのか、聖也は言われるがまま素直にロープウェイへと乗り込んだ。

ドアが締まり、ゴンドラ内は聖也一人の静かな空間となった。やがて、ロープが軋む音と共にゆっくりとゴンドラは動きだし、鏑木が待ち受けているであろう山間へと進み始めたのだった。


~麻衣(お菊)~

一方、聖也から逃げるように去っていったお菊は、何のあてもなく一人海辺へと来ていた。シーズンではない海は誰も居なく、穏やかに打ち寄せる波の音だけがお菊の身体を優しく包んでいた。400年前に聖也と出会い、そして…恋に落ちた。過ごす時代が違う二人にとって、それは、禁断とも言える愛。聖也はそんなお菊の気持ちを知っていたからこそ、お菊に触れることなく去って行ったのだ。しかし、お菊の気持ちは400年経った今も尚、当時と変わらず聖也を想い続けていたのだ。


麻衣(お菊) 「やっぱり…ダメだよね…あの時、私はせいきちさんを諦めたはずなのに、なのに…なんでまたこんな気持ちになっちゃったんだろう…こんな事、いくらお父様(家康公)の頼みとはいえ、断ればよかった…」


江戸の世で生きたお菊は、生涯、愛する男はせいきち(聖也)だけと心に決め、その一生を過ごしてきた。せいきちから最初で最後の贈り物である"簪"を宝物とし、その生きた証と想いを簪に込め、側近であった水織(みおり)に託したのだ。そして月日が経ち、その簪は現代、つまり聖也の彼女である麻衣の元へと受け継がれていたのだ。こんなことになるとは、誰も予想もできるはずもなく、偶然なのか…運命なのか…これもまた家康公による手引きによるものなのかは分からない。今はただ、せいきちに対する気持ちの整理を付けないと、会わせる顔がない思いで逃げ出してしまったのだ。


男 「こんな時にお一人で散歩ですか、お菊さん?いや、菊姫様とお呼びするのが正しいでしょうかね?」


海を眺めながらお菊が思い更けていると、後から男に声を掛けられた。振り返ると、そこには数人の男たちがお菊を囲むように立ち群がっていた。


麻衣(お菊) 「誰よアンタたちはっ!?」


男 「我々は生前、鏑木藤十郎様に支えていた家臣であり、私はその中の一人、山岡一心と申す者。藤十郎様の命令により、ずっと後を付けせてもらいました。」


麻衣(お菊) 「女一人に寄って集って、鏑木って男も落ちぶれたものね。」


山岡 「闇を彷徨い続けた我らの魂を呼び覚まして下さり、こうして新たな肉体までもを授けて頂いたのだ。主君のために働くのが我らの勤め。何と言われようが、藤十郎様の邪魔立てする愚か者は、この山岡一心が成敗してくれるわっ!」


山岡一心率いる鏑木の手下どもは、一斉に刀を抜きお菊に襲い掛かってきた。お菊も必死に抵抗し、鍛練を積み重ねてきた小太刀で迎え撃った。


麻衣(お菊) 「天地神明 勧善懲悪 天網恢恢…滅っ!!」


闇を封じる印を結び、お菊は相手の動きを封じながら、一人また一人と、黒き闇の影を切り裂いていった。


『ズバッ!ズバババッ!』


お菊の小太刀は光を放ち、その閃光は憑依した影のみを切り離していく。そして残すはただ一人…山岡一心だけとなった。


麻衣(お菊) 「あなたに封印術は通用しないようね?」


山岡 「俺をこいつら雑魚ども一緒にされちゃ困るなぁ。幾度も修羅場を潜り抜けてきた俺にとっては、お前なんぞのヘタレ術はカスりもせん!では、参るぞっ!」


山岡は大きく刀を振りかざし、お菊目掛けて襲い掛かった。お菊はとっさに小太刀で受け止めようとしたが、山岡の斬撃は重く小太刀では受け止められず振り払うのが精一杯であった。お菊は攻撃を躱しながら反撃の隙を狙っていたが、山岡の手練れた剣術には、なかなか付け入る隙を見出だせなかった。無駄のない動きと力強い太刀筋の強襲に、お菊は次第に体力を消耗していった。

山岡の攻撃に後退りをするようになり始めた時、お菊は地面のくぼみに足を取られてしまいバランスを崩してしまった。その一瞬を見逃さなかった山岡は、すかさずお菊の腹に渾身の一蹴を喰らわしたのだ。


麻衣(お菊) 「あぁっ!」


蹴り飛ばされたお菊は大きく地面に叩き付けられた。急いで体勢を整えようと立ち上がった時、お菊の鼻先には不気味に光る山岡の切先が行く手を阻んだ。


山岡 「終いだ…菊姫殿!」


逃げ場を失ったお菊は、山岡一心の殺意とおぞましさに、もはやこれまでと悟り目を閉じ死を覚悟した…。ニヤリと微笑んだ山岡は息を吸い込み、お菊の首を目掛けて刃を振り落とした!


『ぐはぁっっ!』


激しく苦しんだその声は、お菊の声ではなく山岡一心の声であった。お菊は何が起こったのか不安ながらもゆっくりと目を開いた。すると、目の前の光景は口から血が滴り落ちる黒い影の山岡の姿であった。そして腹部からは、背中から貫通した刃の切先が飛び出していたのだ。


山岡 「だ…れ…だ…?俺の…邪魔をする…者は…。」


振り返った山岡の後ろには、若い青年が山岡を突き刺して立っていたのだ。次第に山岡の影は薄くなり、空へと朽ちて消えていった。山岡に憑依されていた男は気を失って倒れている。憑依から解放され、時期に目を覚ます事だろう。それよりも、お菊を助けた青年は何者なのか…。


麻衣(お菊) 「いったい、あなた何者なの?何故、私を助けたの?」


青年 「アッシですよ~菊姫様!」


麻衣(お菊) 「アッシ!?…ってまさかっ!?」


青年 「はい!そのまさかの甚八でございます!」


お菊のピンチを救ったのは、江戸城護衛役であった"甚八"であった。かつて、せいきちや三田新之助と共に、江戸の狂乱を沈めた仲間の甚八の登場により、お菊は命を救われたのだった。


麻衣(お菊) 「なんで甚八までもがここにいるのよ!」


甚八 「そりゃアッシも驚きなんですよ。とっくに死んで成仏したはずなのに、急に意識だけが甦ったかと思うと、家康と名乗る男の声で菊姫を助太刀してほしいと頼まれたんです。事情を聞いて仕方なく了承したとたん、気付いたら見たこともないこの景色の世界へと来てしまっていたという訳です。とりあえず、言われたままにこの男に憑依して、後はずっと菊姫様の後を追って陰ながら見守っていたのです。いったい何がどうなっている事やら、アッシにも分かりませんよ。ただ、この男に憑依した時に、この世界の状況だけは記憶から知る事ができました。まさにこの世界は江戸から400年後の日本…つまり、せいきち兄貴の生きる時代って訳ですね!せいきち兄貴の姿を見た時は、そりゃぁ、ぶったまげましたよ!そこでやっと理解できたは、やはりあの時の声は家康様であったのだと。」


麻衣(お菊) 「そうだったの…。父上が私を案じて甚八をよこしたのね。とても頼り甲斐があるわ。」


甚八 「それより、いったい何が起こっているのです?先程までせいきち兄貴と居たかと思うと、急に別々に行動して。」


お菊はこれまでに起きた刻の歪みや鏑木藤十郎の話を甚八に話した。


甚八 「そうだったのですか…。分かりました、アッシも微力ながらお手伝いさせて頂きます!さあ、兄貴の所へ行きましょう!」


麻衣 (お菊) 「・・・」


甚八 「どうしたんですか?」


麻衣(お菊) 「私…どんな顔でせいきちさんに会えばいいのか…分からない…」


甚八 「なに弱気な事を言ってるんですかっ!せいきち兄貴は今、この日本の為に戦おうとしているのですよ!我々が生きた江戸の世を守り救ってくれたのは誰ですか?菊姫様は一国一城の姫君様ですぞっ!今こそ、その恩を返す時ではないのですか?」


麻衣(お菊) 「確かに…そうですが…」


甚八 「あーっ、もうじれったい。では、恐れながら言わせて頂きますっ!お菊殿!一度でも惚れた男ためなら、その想いを貫き通せっ!」


熱すぎるほどの熱意のこもった甚八の言葉に、お菊の身体に激震が走った。お菊は小太刀を鞘に納め立ち上がった。これまで以上の使命感を胸に、全力で立ち向かう為に。その姿を見た甚八は、やっと本来の菊姫様を取り戻したのだと安堵し笑みがこぼれた。


麻衣(お菊) 「さぁ、行きましょう!目指すは久能山です!」


甚八 「はいっ!お供します、菊姫様!」



エピソード4

終わり


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