もののふラプソディー ~刻のゆがみ~エピソード3
聖也たちは、江戸の世から刻の歪みを経て現代へと舞い戻った"鏑木藤十郎"を、元の世界へと追い返すために後を追った。子孫である鏑木英二に憑依した藤十郎は、生前、なし得なかったソハヤノツルギを手に入れ、日本の頂点…すなわち天下人になるため、今もどこかで行方を探しているのだろう。藤十郎を見付けるには、家康公の所縁のある場所を探索する事が一番の近道であった…。
聖也とお菊は、家康公の眠るとされる日光東照宮か久能山東照宮の二つに的を絞った。きっとそのどちらかにソハヤノツルギも埋葬されていると、藤十郎も探っているのではないかと考えたのだ。
まず聖也たちは、行き馴れている日光東照宮へと足を運んだ。確かに、聖也が手にしているソハヤノツルギは日光に眠っていた。しかし、東照宮とは別の場所に埋葬されており、その場所は何故か娘であるお菊の守り袋に忍ばせてあった。聖也がお菊と出会っていなければ、もしかするとソハヤノツルギは藤十郎に奪われていて、日本の歴史は大きく変わっていたのかもしれない。今は一刻も早く藤十郎を見つけ出し現代から消し去るしかないのだった。
麻衣(お菊) 「この先が東照宮ね。準備はいい?」
聖也 「あぁ、たぶん…」
麻衣(お菊) 「えーっ、なんか弱気じゃない!あの江戸を救ってくれた人ととは思えない言いぐさね?」
聖也 「あれからどれだけ月日が経っていると思うんだ?現代の日本は平和なんだから仕方ないじゃないか!」
麻衣(お菊) 「本当に大丈夫かしら…ここまで来たんだから、もう後には引けないわよ。背中の傷跡はお飾りなのかしら?さぁ、行きましょう!」
東照宮を目の前にして、聖也は少しだけ尻込みしてしまった。たしかにお菊の言う通り、聖也は江戸の世で剣を振るってきた。しかし、あの時のように戦えるのか半信半疑でもあった。聖也は鏑木藤十郎の屋敷で盗賊に背中を斬られている。生死を彷徨いどうにか生き延びたというのが真実であった。そんな聖也がもう一度この現代で剣を振るえるのか…。聖也の額からは嫌な汗が流れ落ちていた。
聖也とお菊は鳥居を潜り、東照宮の奥へと進んでいった。人の気配がないのが逆に嫌な予感さえしている。しかし、襲われた気配や破壊された物も無さそうだし、もしかするとこちらには藤十郎は来ていないのかもしれない。とりあえずは、本堂を目指し前へと進むしかなかった。
ようやく本堂へと辿り着くと、そこには神主さんであろうか、年配の男性が立っていた。襲われた様子もなく、安心した聖也は神主さんに話し掛けた。
聖也 「神主様でしょうか?少しお話しを伺いたいのですか、よろしいでしょうか?」
神主 「・・・貴殿からは不思議な力を感じます。何やら特別な運命を背負っているのではないかな?」
聖也 「いえ、そんな大した事ではありませんよ。ただ、もしかするとここへ良からぬ事を考えた男が訪れるかもしれません。その時は迷わず逃げて下さい。私はその男を止める為にやってきました。」
神主 「良からぬ事…、それは家康公に纏わる事かな?」
聖也 「…はい。その男は家康公の力を手に入れ、この日本を…いえ、いずれはこの地球全てを支配するかもしれないのです。」
神主 「そうですか…どおりで貴殿からも家康公に似た覇気を感じる訳ですな。」
聖也 「家康公の覇気…!?」
神主 「えぇ、私も何十年もここで神(大権現)に支えてきましたからね、何となく分かるんですよ。そして、貴殿の行く手を阻む悪の気配が近付いているのもね…。ほら、現れましたよ!」
振り向くと、聖也たちの後を追ってきたのか、待ち伏せしていたのか、そこには多くの正気を失った目をした男たちが木刀や鉄パイプを手に取り囲んでいた。
聖也 「なんだ、コイツら!」
麻衣 (お菊) 「鏑木に操られているようね。あの目も普通じゃないし、やはり背中には黒い影があるわ!きっと、鏑木の家臣だった魂を呼び寄せて取り憑かせたのね。いい?前にも言ったけど、そのせいきちさんが持っているソハヤノツルギは人を傷付けないから安心して。背後に隠れた影だけを斬る事が出来るのよ。」
聖也 「あぁ、分かったよ!やるしかねぇもんな!さあ、掛かってこい半グレどもっっ!」
ソハヤノツルギを抜き強く握り締めた時、先程までの尻込みしていた聖也とは裏腹に、驚く程の泰然自若でいる聖也がそこにいた。これが先程神主が言っていた不思議な力なのか、それとも、江戸の世界で幾多の戦いを駆け抜けてきた経験なのかは分からないが、今は目の前の敵どもに一歩も引く事はなかった。
聖也 「お菊殿、神主さんを安全な場所に頼む!」
麻衣(お菊) 「分かったわ。」
聖也 「うぉぉぉぉっ!」
聖也は一直線に敵陣へと走り、一人また一人と、確実に漆黒の影を斬り裂いた。
『ガキーンッ!ズバッ!』
敵の攻撃を躱しながら、確実に倒していくが、辺りを見渡せば後から湧いて来るかのように敵の数は増えているように思えた。
聖也 (はぁはぁはぁ、このままじゃ埒が明かない…まさに多勢に無勢って感じだな。俺の体力がもたないぞ…)
そんな、弱音が脳裏を過った。しかし相手はじわりじわりと間合いを詰めて、今にも総攻撃を仕掛けてくるかもしれない状況に焦るばかりであった。
『風伯一刀斬を使えっ!』
どこからか聖也に呼び掛ける声が聞こえた。
聖也 (風伯一刀斬…?そうか!)
聖也は身を低く構え息をゆっくり吸い込み、力一杯に地面を蹴り敵陣へと突っ走った。風伯一刀斬とは、かつて江戸での戦いの時に習得した流派…"神道一刀流"の技法の一つである。身を低くく保ったまま相手の間合いに飛び込み、瞬時に刃をなぎ払う技であり、相手が複数の場合に有効であった。聖也は謎の呼び声に導かれたように、身体がしっかりとその技を覚えていた。
『ズバーンッ!』
神道一刀流の瞬足と破壊力は、一瞬にして敵たちを蹴散らす事が出来た。しかし、その代償はとても大きく、奪われた体力はとてつもなく立っている事さえ出来ない程であった。聖也は片膝を付き呼吸を整える事に必死であったが、先程の声の主が誰であったのかが気になり、霞む目を凝らし辺りを見回した。すると、倒した敵たちの後ろに立っている一人の男がいるのに気付いた。
聖也 「…仮面…?」
その男は狐の面を付け素顔は見えなかった。しかしその男は、聖也がかつて神道一刀流を使っていた事を知っていた。
聖也 「あんたは、いったい誰なんだ?俺の事を知っているのか?」
狐の面 「・・・」
聖也の問い掛けに答える事はなく、面を付けた男は振り返り何処かへと消え去ってしまったのである。聖也はふと我に返り、再度、辺りを見回した。そして、聖也にまだこんな力が残っていた事に息を飲んだ。握り締めたソハヤノツルギを見つめていると、隠れていたお菊と神主さんが聖也の元へと近付いてきた。
麻衣(お菊) 「まだまだ腕は鈍っていないよですね。見事な戦い振りでしたわ。」
聖也 「いや…俺はただ…アイツに言われて…」
神主 「アイツとは?」
聖也 「あの、狐の仮面を被った男だよ。」
神主 「いや、私たちは貴殿の戦いを遠くで見ておりましたが、そのような仮面の男は見てはおりませんが…」
麻衣(お菊) 「何か見間違えたんじゃないかしら?」
聖也 「いや…確かに…」
聖也は戦いに無我夢中になり、幻でも見ていたのか。あの仮面の男が気になりつつも、こうして聖也の行く手に追っ手を放ち、ソハヤノツルギと日本の天下統一を企む鏑木藤十郎を一刻も早く阻止し、元の世界へ送り返す事に気持ちを切り替えた。この日光に来ていないとなると、もう一つの所縁である久能山東照宮に向かったのだと考えられる。たしか400年前には久能山にはソハヤノツルギの"裏打ち"が奉納されている事は知っている。今も残っているのかは不明だが、それでもアイツの手に渡ってしまえば危険である事は確かだ。聖也と麻衣(お菊)は次なる目的地、久能山東照宮を目指し、更なる戦いの一歩を進み始めたのだ。
エピソード3
終わり