クロ太、海を見る
「クロ太、今日はいいとこお出かけするよ。」
そう言って、姉ちゃんがオレを抱っこして部屋から連れ出した。
どこ行くんだろう。ユキちゃんとこかな。
「ケースがないからねえ。これに入れてこうか。」
「え?紙袋?抱っこしてくよ。」
うん、オレもそれがいい。
「でも、ずっと抱っこしてくわけにはいかないから、とりあえずこれに入れてきましょ。」
・・・なんか、ガサゴソするんだけど。居心地悪いんだけど。
やっぱ抱っこがいいなあ。
「じゃあ、この袋は私が膝に抱えてくね。」
姉ちゃんの声がして、ガサガサの感触の向こうが、暖かくて落ち着く感じになった。姉ちゃんが膝の上に置いてくれたらしい。
「よーし、行くぞー。」
パパさんの声がしたと思ったら、何か動き出した。あ、これ、覚えがあるかも。
「広い芝生もあるし、クロ太も喜ぶだろう。」
「そうだね。草も食べるかな。前に、花壇のお花食べちゃったんだよ。」
「やっぱり、ボソボソの餌より、普通の草とかのほうが美味しいんでしょうねえ。」
なんだろう。どこに行くのかな。
姉ちゃんたちは楽しそうに話してるんだけどさ、オレ、ガサゴソの中でなんにも見えないからさ、分からないんだよね。
抱っこされてるのとは違う揺れがしばらく続いていたら、ちょっと、もよおしてきちゃった・・・。
「それでまゆちゃんがね。」
あの、ねえちゃん。
「パパだったらそこは・・・」
あの、ちょっと降ろしてもらえないかな・・・
「パパ、そこ曲がるんじゃない?」
「おっといけない。」
あの、ねえちゃん?出そうなんだけど・・・
「クロ太、大人しくしてるわね。」
「いい子だもんね。」
いや、その。
「抱っこされて安心しているんじゃない?」
そうなんだけど、そうじゃなくてね・・・う、限界・・・
「あー!クロ太おしっこしてる!なんかあったかいと思ったら!」
「あらあら。」
だから言ったじゃーん!言ってないけどお!!
「だから大人しかったのねえ。利口だから、我慢していたんじゃない?」
「う〜、そっか〜。」
「クロ太は賢いからな。」
そうだよ、我慢はしたんだよ。したんだけどさあ。
「タオル敷いてて良かったわね。」
「しょうがないなあ、クロ太。」
はうう。
いきなりそんなことがあって、ちょっとへこんだけれど、スッキリもした。
「よし、着いたぞ。」
「じゃあ、クロ太。外に行こうか。ここまでもてば良かったんだけどねえ。」
うん?オレはもうスッキリしたからいいんだけど?
それよりどこに来たの?なんか知らない匂いがするんだけど。周りはだだっ広いし。オレ、隠れるところがないの、不安なんだよね。姉ちゃんが抱っこしてくれてるからいいけどさあ。
「ここなら広いね。」
お、土の感触。緑っぽい匂い。
う〜ん、でもなんだか微妙だなあ。いつか食べたのと違って、香りが薄いというか。みずみずしくなくって、ボソボソするんだよなあ。
「芝生はあんまり美味しくないのかな。あんまり食べないね。」
「お腹すいてないのかもよ。」
「そっか。」
う〜ん、そういうわけでもないんだけど。
「クロ太、おいで。海を見に行こ。」
海?なにそれ?
姉ちゃんに抱っこされて、ちょっと歩いたとこで、「ほら。」って姉ちゃんが言った。
「見てごらん、クロ太、海だよ。」
うわあ・・・・・見わたすかぎり・・・・・・・なんもない。
ウチも、窓から見る外も、いろんなものがあるんだけど、ここ、ずうーっと向こうまで、何も生えてないし、何も建ってないんだ。
「広いねえ。」
うん、広いよね。遠くまでよく見えて、なんか落ち着かないなあ。
モゾモゾするよ。
「うわ、クロ太、なんでよじ登ってくるの?」
いやなんとなく。
「クロ太、それ以上は登れないよ。落っこちちゃうよ。しようがないなあ。」
姉ちゃんをよじ登って肩まで来たら、なぜか平らになった背中を歩いていて、そのまま地面に降ろされちゃった。
あれ?おかしいな。
「クロ太、ちゃんと抱っこするからよじ登らないで。波で遊ぼう。」
「それは止めたほうがいいんじゃない?」
「そうだなあ。ウサギは水が苦手だっていうし。」
「え?そうなの?」
「海で遊ぶ時期じゃないし、汚れるし。芝生の方に行きましょ。」
「はあい。」
広くてゾワゾワするから姉ちゃんにしがみついていたけど、おやつもらっていっぱい抱っこしてもらって、楽しかったよ。隠れるところがいっぱいあったら、走ってみたかったな。
姉ちゃん、またお出かけ連れてってね。
今度はかくれんぼができて、美味しい草があるとこだといいなあ。