クロ太、草を食べる
「クロ太、おいで。」
そう言って姉ちゃんが部屋の中に出してくれた。部屋の中も慣れてきたから、なんとなく行きたくなる場所も決まってきて、もそもそと移動していると、嚙みごたえのある黒いヒモのところに来た。
「あ、クロ太、それダメだよ。」
まだ何もしてないよ。これからかじろうとしたんだよ。
部屋の中を動き回るのはいいんだけど、時々かじっちゃいけないものがある。うまくないものはオレも食べないけどさ、何かをかじりたくなる時ってあるんだよな。こう、歯がムズムズする時とかさ。
「クロ太、ちょっとこっちおいで。」
姉ちゃんに抱えられて連れていかれたのは、部屋の外だ。
ふわ、と風が吹いた。
あ、なんかいい匂いがする。
「ちょっとここにいて。」
そう言って下ろされたところは、床とはまた違う感触だった。
うわあ、どこだろう、ここ。なんか、気持ちいいなあ。
天井は青いしとっても高いし、そこらじゅうお日様の匂いがするし、それに、なんだろう、ここにいっぱい生えてるおいしそうなもの。つやつやとした緑でいい匂いがする。これはかじらないわけにいかないよな。
ん!んまい!
いつものエサより柔らかくてみずみずしくって、噛めば噛むほど青々しい香りが広がってゆく~!
あれ?色の違うところがある。匂いも違うなあ。
試しに噛んでみてびっくりだ。
なんだこれ!緑のとこよりふわっと柔らかくて、一口で鼻の奥まで抜けていく芳醇な香り!
思わずうっとり噛みしめていたら、ふと視線を感じた。見てみると、少し離れたところから、じっとこっちを見ているヤツがいる。
あれ?この間窓の向こうにいたヤツ?でも、この間と違って、ゾワっとするような目をしていない。むしろ、なんか気持ち悪いものを見たような、ちょっと引き気味の姿勢で、尻尾の先を揺らしてる。
なに?オレ、今忙しいんだけど。
『あんた、それ、美味しいの?』
『うまいよ?食べてみる?』
そいつは、うさん臭そうな目を向けてくる。おそるおそる近づいてきて、ちょっと匂いをかいだだけで、嫌そうに顔をひいた。
『なにこれ、変なにおいがするわ。よく食べられるわね。』
『いやいや美味いから!だまされたと思って食べてみなよ!』
『嫌よ。あたしだって草を食べることはあるけど、あれはお腹をスッキリさせるためだもの。これとは違うし。』
これの良さがわからないなんて信じられないよ。
『君、いつも何食べてるんだよ?』
『・・・・・』
『・・・・・』
あれ、これ、言っちゃいけなかったかな・・・
なんかちょっと落ち着かなくなって、そろりと後ろに下がりかけたら、そいつは呆れたように目を細めた。
『別にあんたを食べやしないわよ。ちょっとからかってやろうとは思ったけど。あたしは飼い主が高級猫缶を用意してくれるから、狩りをする必要はないのよ。』
そいつはツンと澄ましてそう言った。
あー、そういえばこの家に来る前、いろんな動物がいたとこで、こういう感じのヤツ、いたわ。
『あんたは、いつもこんなの食べてるの?』
『ううん、いつもはもっとカリカリしてて、こんなに香ばしくないんだ。あれはあれで、歯が気持ちいいんだけどね。』
『・・・あ、そ。あんた、一体何なのよ。ネコじゃないのは分かるけど。』
『オレ?クロ太だよ。』
『クロ太?それ、名前?』
『そうだよ。あかり姉ちゃんがつけてくれたんだ。いいだろ。』
ちょっと得意になって胸をそらしてみる。
『そうじゃなくって。』
『きみは?』
そいつはなぜかため息をついた。
『もういいわ、あたしはムギよ。』
「クロ太〜。」
あ、姉ちゃんだ。
ちょっと振り返ってる間に、そいつはいなくなっていた。
あれ、なんで逃げちゃったのかな〜。ちょっとだったら分けてあげても良かったのに。
「あー!クロ太!お花食べちゃってる!!ダメじゃない!」
え?なに???