もったいない侍
むかし、子どもの頃に婆ちゃんから『食べ物を無駄にするともったいない侍が来るよ!』と言われた。
んなモン居ねえよと思いながらその時は苦いピーマンを無理矢理口に入れたが、大人になった今、俺にはピーマンを残しても良い権利が与えられ、今まさにピーマンを残そうとしている。
「……もし」
「──!?」
俺以外誰も居ない筈の部屋で、謎の声がした。
「……それ、勿体ないでござるよ」
「──な! なっ!?」
部屋のクローゼットがゆっくりと開き、ばっさりとした髪型の侍が現れた。腰には刀らしきブツが下げられていて、タイムワープか転移者と思われた。
「もったいないでござる」
ピーマンを指差し侍がポツリ。
「ピーマンが泣いているでござる」
侍が刀に手をかけた辺りで、俺は泣きながらピーマンを口に入れた。
「こ、これで宜しいでござりますか……!?」
「うむ、宜しいでござる」
侍は満足したのか、どっかりと腰を落ち着けた…………俺のゲーミングチェアに。
「それももったいないでござる」
「──!?」
骨付きチキンの骨を指差し、侍がポツリと言った。
「まだ肉が着いているでござる」
またもや刀に手が伸びたので、俺は泣きながら骨をしゃぶりつくした。
「こ、これで宜しいでござりまするか!?」
「うむ」
俺は逃げるように食器を持ってキッチンへ。
「節水でござるよ」
「は、はい……!!」
突然の不審者訪問に、俺はただ言われるがまま。隙あらば日本ポリスにテレフォンしてやろうと思うが、生憎スマホはゲーミングチェアのすぐ隣なのだ……。
「お主」
「は、はいぃぃ!!」
いつ斬られるかと思うと、気が気では無い。
「これは全部読んだでござるか?」
「え?」
毎週欠かさず買っている週刊誌を手に、侍が問い掛けてきた。
「お、面白いのだけ読んでます……──そ、それは勿体なくはないとは別に──」
「もったいないでござる」
「そ、そんな!」
「どの漫画も、漫画家さんが必死で書いているでござる。一つも余さず楽しむでござる」
「そ、そんな……!!」
既に読み終えた週刊誌を差し出され、仕方なく座ってページを広げ始める。
「じっくりと読むでござる」
「……こ、これ今週で最終回なんですが……」
「読むでござる」
不人気で打ち切られた漫画の最終回だけを読んで、ストーリーも何も分からずただ見ているだけ。
「よ、読み終わりました……」
「うむ」
侍は満足したのか、ゆっくりと横たわり寝息を立て始めた。俺のベッドに……。
「もしもし、警察ですか!? 刀を持った侍がもったいないを繰り返して迫ってくるんです!」
「すみません、ここは警察です」
「人を異常者扱いしないでください!」
「すみませんね。イタズラ電話が最近多いのでね」
──プツッ
「あー!! ……ち、ちくしょう! 誰だイタズラ電話なんかしやがったのは……!!」
こうなったら自分の手で不審者に引導を渡してやるしかない……!!
キッチンから包丁を持ちだし、ゆっくりと奴の傍へ。
「むにゃむにゃ……父上……ザコ戦でエリクサーはもったいないでござるよ……むにゃむにゃ」
……なんか止めておこう。悪い奴ではなさそうだ。
それから、もったいない侍と俺との奇妙な生活が始まった。
「歯磨き粉は膨らんだまま蓋を閉じて振ればまだ出るでござる」
「ほんとだ! メッチャ出る!!」
「使い終わった麦茶のティーバッグは油を拭くのに使えるでござる」
「……ま、まぁ……やるか」
「バナナは軽く茹でると長持ちするでござる」
「ホントぉ!?」
驚きの節約術から活躍術まで、もったいない侍はありとあらゆる勿体ないを網羅しており、気が付けば節約生活を満喫している自分がいた。
「あ……」
「どうしたでござる?」
「友達が三年ぶりにこっちに帰ってくるから飲みに行こうって……」
「ほう」
「けど、外飲みはお金が」
「ふふ、外は外でまた違った良さがあるでござる。二人の時間を買うと思えば、大切な出費を惜しむ必要はないでござるよ」
「さ、侍……ありがとう!」
こうして俺は久しぶりの再会に花を咲かせた。
「久しぶりだな!」
「ほんとほんと。懐かしい!」
気が付けば酒はグングンと進み、良い感じに酔っていた。
「で? お前は結婚とかはしねぇの?」
「うーん……今のところは」
「結婚するなら家庭的なやつにしとけ。俺なんかギャルの子と結婚したら家事全般が全く出来ない子で、酷い目みてるぞ! こないだなんか卵に──」
それからはずっと、友達の愚痴ばかりだった。
「ただいまー……」
部屋に戻ると、侍は居なかった。出掛けているのだろうか?
「煙草と酒臭いからシャワーでも浴びるか……」
「──くせ者!! お、お主で御座るか!? 今拙者が湯を頂戴しているところだ! はよう──」
……酒で酔っているとはいえ、俺は明らかなソレを見落としはしなかった。
「……じょ、女性であらせられたのですか!?!?!?!?」
「な! 今頃で御座るか!?」
「いや、だって、侍はみんな男だとばかり……!!」
──家庭的なやつにしとけ
「速く閉めるでござる!」
「俺もシャワーを浴びようと」
「拙者の後にするでござる!!」
──こないだなんか卵に
「結婚して下さい」
「シャワーの後にするでござる!!」
「いや、俺もシャワーを」
「拙者の後にするでござる!!!!」
──最悪なのはチャーハンが
「結婚して下さい」
「今! 拙者が! シャワー! ユーは! ネクスト! その後プロポーズ!! アンダスタン!?」
「お、おーけーです……」
半年後、俺達は結婚式を挙げた。
侍が式をケチろうとするので、それは勿体ないとは違うと説得して盛大な式を挙げた。
「結婚おめでとう!」
「おめでとう!」
友人達は皆、祝福してくれた。
「おめでとうでござる!」
「おめでとうでござる!」
侍達の親族はどこから来た?
てかみんな侍なの?
「それでは新郎の雄介さんから一言頂きたいと思います」
「えっと……色々とありましたがホント、俺には勿体ないくらいの女性ですよ……」
「もったいない? ならば、大事にするでござるよ♡」
侍は「勿体ない」と言いながら、入刀したケーキを全て平らげた。そして五キロ太った。