その05 反撃
「ごめんなさい! ボクのミスです!」
鼻血を垂らしながら半泣きのトチェドが、血を拭おうとするチオットに抵抗していた。
「ヌーヨド、ごめんなさいヌーヨド!」
「ったく、目ェ回してンだけだよ、落ち着け」
「……ッッ」「良かった、良かったですわ!」
オロオロするボゥお姉さまとロドゥバを蹴散らして、院長先生が肩を竦める。
『治癒』の魔法を受けたもののヌーヨドはまだのびている。次はトチェドだ。
「危険な目に合わせるつもりなんて無かったんですよ……」
「自分が殴られるだけのつもりだったンだろ?」
タハンに暴力を振るわせて、そこに助けに入るボゥお姉さまで威圧して引き下がらせるつもりだったらしい。
まあ、身長二メルトのボゥお姉さまに凄まれて、怯まない方がおかしいとは思うよ。
「そうすると、作戦は失敗ですね」
「なんで?」
「トチェド先輩はあの女が罪悪感を抱いた状態で退かせる予定だったのです」
殴られたトチェドはすぐに立ち上がったりせずに、怯えたり泣いたりするつもりだったのかもしれない。
実際にはヌーヨドが心配ですぐに立ち上がってしまったし、思わず攻撃的な態度で噛み付いてしまった。
「ボクは暴力を恐れて従順になるべきでした」
そうしてタハンの仲間になるフリをしながら時間を稼ぐつもりだったのか。
「あー、でもさ。暴力には負けなくても、卑劣な脅迫に屈すればいいんじゃないの?」
「例えば?」
院長先生に尋ねられて、私はニカお姉さまを見た。
トチェドがされたくない事をするならば、どうするのか。
「お姉さんの噂を吹聴して聖パトリルクス修道院の評判を落とすとか。あるいは暴力的な手段での嫌がらせが効果的だわ。早朝や夕方に門の外に動物の死骸を置くみたいな。されたら困るでしょ?」
「…………困りますね」
「ならば今度はこちらから攻めましょう。タハンのねぐらを探して、トチェド先輩からお詫びに行くのは?」
エーコちゃんの提案に、一同の視線が院長先生に向いた。外出許可が必要だ。
「ニカを連れてけ。張り込み得意だろ? つーか、面倒だから『自警団』連中に声かけて拘禁しちまえよ。そしたらニカが歌わせンだろ?」
「え? いいの? お姉さん楽しみ! 掃除が一区切り着いたら行きますか」
「少し待って頂けませんこと!」
いつの間にか姿を消していたロドゥバが、質の悪そうな本を片手に戻ってきた。
その後にはチオット、珍しい組み合わせだね。
「あの女に目にものを見せてやるんでしょう。わたくしも一枚噛ませて頂けませんこと?」
「何かありますか?」
ロドゥバが持ってきたのは先日カルミノさんが置いていった貴族名鑑。
もしかして、これでタガサット領内の事が分かるのかな?
「チオットにお願いしたら直ぐに見つけてくださいました」
ロドゥバが指さしたのは、タガサット家の欄では無かった。
ヌーヨドが傷付けられたのが腹に据えかねたのだろう。ロドゥバは目をギラギラさせながら考えを口にする。
「わたくしとトチェド、イウノの三人で協力を取り付けに行きますわよ」
「私も?」
「あら、行きたくありませんの?」
ロドゥバの挑発的な物言いに、私は遺憾ながら反論できなかった。
ティカイの街に来た私たちは二手に分かれた。
ニカお姉さまとエーコちゃん、ヘアルトはベタくんとガッマさんに合流して、タハンのねぐら探しとタガサット領の噂集め。
それまで野次馬という態度を崩さなかったヘアルトだが、単独行動で情報収集できると聞いて参加を表明した。遊びに行くんじゃないんだよ?
人と話すのが苦手なチオットは残念ながらお留守番だ。ヌーヨドの様子を見ていてくれている。
私とトチェド、ロドゥバは迷わず高級住宅街へ。目的地は街の北部、一番大きなお屋敷。
街側部分は豪奢な屋敷だが、一部が街壁に融合している。そちら側から見ると砦かお城の様相なのだろう。
翻る旗。光のラインに囲まれた銀の三角。
そう、この街の領主、ティカイルクス子爵邸である。
「ここ、入れるの?」
「入れますわ。通常はアポイントメントを取って正式に面会の約束を取り付けますが、本日はそんな暇がありませんでしたので、簡単な手紙を書いて送りましたの。
先方にその気があればわたくし達は門で止められず応接間に通されます」
貴族らしい仰々しい手紙をササッと書き上げたロドゥバは、屋敷に来る前に運送ギルドに急ぎで渡してきてもらった。
約束してないも同然だが、少しでも早く連絡が届いていればアポ有り扱いでまかり通す。平民には真似の出来ない技だ。
「先程連絡をしたロドゥバ・ヴェーシアと他二人ですわ」
「どうぞ中へお入り下さい」
門衛さんは拍子抜けするほど簡単に入れてくれた。門の内側には庭園、季節が季節なら花が咲き乱れてそうな雰囲気だが、今は冬なので地味なもの。
所々にある噴水や彫像の出来はちょっと判断できない。そもそもあまり手入れがされているように見えないのだ。
「あまりキョロキョロしないで下さりますこと? 口が開いておりましてよ」
「ごめんなさい」「気をつけます」
物珍しいんだから仕方ないよね。
庭園の奥、大きな扉の前に初老の召使いさんが居た。彼は見事な角度でお辞儀をし、慇懃な声で挨拶をした。
「ようこそいらっしゃいました。ルシビル様がお待ちです」




