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その09 正しいお金の使い方

「ロドゥバに仕事を教えなきゃならないのに、それと対立しちゃうから嫌だっただけ……?」

「だとしたらどうするのさ?」


 私は少なからず困惑した。どうするべきなのだろう。


 お金を受け取った以上は、ロドゥバに仕事をさせるのはいけない。

 でも、ロドゥバに仕事を覚えさせないわけにも行かない。二律背反だ。私は身動きが取れなくなってしまっている。


「ま、それは追々考えりゃいいさ。なあイウノ、その金をどう思う?」

「…………大金だなって」


 そうだ、私が手にしたことのないような大金。今までの人生で手にしてきたお金をすべて足したよりも、金貨一枚の価値は大きい。

 私はその大きさに圧倒されていた。誘惑に打ち勝てなかった。


「大金ねぇ……果たしてどうかね。本当に大金か?」

「大金ですよ、いろんな物が買えます」


 またひねくれたことを言うんだから。

 院長先生が唇を歪める。何か悪いことを考えている顔だ。ろくでもないことを言い出すに違いない。


「その金貨一枚を家に仕送りしたとしよう。何が買える?」

「…………防寒具、炭、食べ物や贅沢品、壊れそうな道具の修理代にもなりますし、貯蓄にも」

「消耗品ばっかりだね。他には?」


 私は言葉をつまらせた。消耗品ばかり、たしかにその通りだ。金貨一枚はすごく助かる。不足を充填してくれるだろう。

 だが、生活を劇的に変えてくれる程ではない。


「…………」

「金貨は大金だ。欲しいものを買えるだろうさ。でも、動物や農地を増やしたり、人出を雇うにはあまりにも少ない。

 イウノ、お前さんは知恵が回り目端が利く。金貨ごときに圧倒される必要はないんだよ」


 金貨の価値を「ごとき」呼ばわりはできない。しかし、院長先生の言う事はもっともだった。

 確かに私は金貨に負けていた。冷静になれば金貨ごときで正気を失うのは……。


「いや、金貨ですよ。欲しいじゃないですか。大人が二週間働いて貰えるお給金が、たったの一日で貰えるんです。破格ですよ」

「バレたか…………」


「ああ、待ってください。私は『それ』も嫌なんです。正当ではない報酬額だから気が重い」

「マジメちゃんかよ」

「そうなんですよ、知りませんでしたか?」

「よく知ってンよ」


 ヒヒヒと魔女の笑み。分析と理解が進んできた。何が嫌なのか腹に落ちて納得できた。

 あの金貨は正当ではない。もしも、普段頑張っているご褒美にと、院長先生がみんなに金貨を一枚ずつ配ってくれたなら? 素直に喜べたと思う。だけどあれは違う。


「あんなお金に目がくらんだのも悔しいですね」

「金そのものは悪じゃねェんだ。金貨を貰えるって聞いて何が欲しかったさ」


 私は少しだけ考え込んだ。

 恥ずかしいと苦笑いしながら。


「自分のものばかりですよ」

「ガキどもにとか、友達にとか、家族にとかはなかったのか?」


 全く、院長先生は何でもお見通しだ。


「お砂糖買って焼き菓子を焼いて配りたいですし、みんなに手袋と襟巻が欲しいです。あと、家にだって仕送りしたい」

「イウノ。お前さんはホントにマジメなヤツよ…………金そのものに善悪はない。だがお前は正しく使えるだろう」


 それは私を支配するためにお金を使ったロドゥバへの非難でもあった。

 そして、そうなるべきではないという、私への戒めでもある。


「院長先生はどうしたらいいと思いますか、って聞いたら好きにしろって答えますよね?」

「ヒヒヒ、よく分かってンな」


 私は金貨を見つめた。ちょっと、いやすごく惜しいがこの金貨はロドゥバに叩き返してやる。

 だが、普通の方法ではロドゥバは受け取らないだろう。そして、ただ返しただけでは私の尊厳は回復しないし、ロドゥバは調子に乗ったままだ。


「………………という方法で行きます」

「よし、やっちまいな」


 院長先生の太鼓判も貰った所で決戦は翌日。

 私はスッキリした気持ちで夕飯を食べ、ベッドに潜った。


 翌日のお勤めも、ロドゥバに口で説明しながら全部私がやってのけた。

 どうせこれまでも一人でやってた事なのだ。喋り疲れる位の差だ。


 そして午後、自由時間。

 またも待ち伏せをしていたロドゥバ。昨日までと打って変わって元気な私に不服なのか、あからさまに不機嫌に金貨を差し出した。


 いや、落とした。

 私の心を折るために、落ちた金貨を拾わせようとしているのだ。


「拾いなさい」

「ああ、今日は受け取らないよ」


 言いながら私は落ちた金貨を拾い、ロドゥバの手に握らせた。

 苛立ちから、手の中を確認もしないロドゥバ。彼女が口を開く前に、私は早口でまくし立てた。


「私からの金貨を受け取ってくれてありがと! んじゃあ、明日はロドゥバが私の分のお仕事もお願いね!」

「…………は?」


 昨日の金貨も合わせて二枚、手の中の金貨に愕然とするロドゥバ。

 私は彼女が正気に戻る前に一目散に逃げ出した。そのまま籠を手にしてボゥお姉さまと合流する。


「待ちなさい! この平民風情が!! わたくしを! このわたくしを!!」


 遠くでロドゥバの金切り声が聞こえるが私には関係無い。

 頭を下げてきたら、明日のお仕事を手伝ってやってもいいだろう。


 え? 最初に貰った金貨?

 もちろん私のチェストの一番底に隠してあるとも。今度先生方が街に買い出しに出る時のためにね。


 ああ、聖パトリルクス修道院は今日も平和だ!

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