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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第十話【銀の三角】

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その02 追放者

 トチェドと例の女の人の関係と、これからどう対応するつもりか、どういう事をしてきたかを話している内に、|午前十時(象の刻)を回っていた。

 私とニカお姉さまは、一週間当番の罰を与えられ、トチェドも家事の手伝いを命じられた。


「これから、悪い子になろうかな……」

「やりたい事をやってたら罰になンねーだろ。今週はともかく、次あったら罰金な」


 禁止されている掃除や料理をやらせて貰える機会に、トチェドはウキウキしていた。

 もしかしたら、これはもうすぐ修道院から居なくなっちゃうかもしれないトチェドへの、院長先生からの餞別なのかななんて思うと、少し寂しくなった。


 『来訪祭』の前に修道院の大掃除なのでが、毎日半刻は掃除している私たちに抜かりはない。

 手の届かない場所も普段からボゥお姉さまが掃除してくれるし、そんな訳で今日はめったに行かない胸壁のはき掃除である。


 2階建ての屋根に登るのと同程度なので、地上七メルトくらいか。木登りを思い出す高さだが、掴まる場所はないし、吹きさらしで風が強い。


「寒っ」

「さっさと終わらせましょう」


 私はエーコちゃんと組だ。風が強すぎて少し離れると話し声が聞き取れない。ある意味、いい機会だった。


「エーコちゃん、もう一度聞くけど、ハインラティアに……『水晶葉の森』に帰るの?」

「………………………………」


 前に聞いた時は、『何かを成すまでは帰れない』だった。

 昨日の劇を思い出す。エーコちゃんが巫女姫ウォトワルフで、劇の通り勇者の姉を失った事が原因で別れたのならば、すんなりと帰れるのではなかろうか。


「先輩は、劇の最中の独り言が聞こえていたのですね?」

「うん、はっきり」


 エーコちゃんは嘆息した。でもいくつか分からない事がある。

 劇中の巫女姫ウォトワルフは勇士を募るために道を分かった。では、エーコちゃんは?


 彼女の目的は違って見える。仲間探しではない、彼女自身が力を求めている。


「劇では『私』が涙ながらに別れを告げたことになっていましたが、現実ではあのバカは何と言ったと思います?」

「…………分からないかな」


 『あのバカ』が勇者デヴィンであることは想像できた。

 そもそも、どこまでが嘘でどこまでが真実なのだろう。


「『お前みたいな足手まといはいらん。役立たずを守るためにパーティ全員が危険になるんだ。今すぐ消えろ』」

「うわぁ……それはないよ」


 イメージが変わるなぁ。エーコちゃんを死なせたくないから、魔王討伐パーティから追放したんだろうけど、それにしたって言い方が酷い。


「エーコの遺骸を抱きしめながら、ガキみたいにボロボロ泣いて……鼻水垂らして酷い顔でした」

「…………それは、ないよ。逆らえない」


 たった三人の生き残り。勇者デヴィンの悲しみと苦しみが、私には想像もつかない。

 私は弟を失っただけでもあんなに苦しかったのだ。何倍も何百倍も悲しくて苦しくて、酷い憎まれ口以外の方法が思いつかなかったのだろう。


「だから私も言ってやったんです。『黙れ泣き虫、てめえなんざこっちから願い下げだ。村に帰って墓でも掘ってろ腰抜け』」

「私の中のエーコちゃんと結びつかないんだけど」

「私、怒ると口が悪くなるんですよね」


 劇の最中もすごかったもんね。


「ついでに手も出して、顔面を本気で殴って……自分にガッカリしたんです」

「どうして?」

「ビクともしなかったんですよ、あのバカ」


 淋しげに笑い、拳を握るエーコちゃん。

 大人の戦士に、子供の拳では何の痛痒も与えなかったのだ。エーコちゃんは勇者デヴィンの言うことが事実だと実感してしまったのだろう。


「『エルフ』の肉体は、成人するまでは人間の三倍かかります。大人になるまで四十年以上ですよ」


 本で読んだ『エルフ』は、人間より背が高くて筋肉質で美しい。大理石の彫像のような美形だという。


「同い年なのに、私はこんなに小さくて、アイツは、あのバカはあんなに強くて大きくて……」


 私は何も言えなくなってエーコちゃんを抱きしめた。同い年、つまりエーコちゃんと勇者デヴィンは二十歳くらい、もしかしたらもっと歳上なのかもと思って居たけれど。

 でも結局、私よりかは年上だけど、ニカお姉さまやボゥお姉さまより年下の、普通の女の子なのだ。


「ごめんね、ごめんエーコちゃん」

「………何を謝るんですか?」


 小さく鼻を啜りながらエーコちゃんが尋ねる。泣き顔を見られたくは無いだろう。私は抱きしめたまま言葉を続けた。


「エーコちゃん、大変なのに。やらなきゃいけない事もあるのに、私……こんな所に引き止めちゃった」

「…………はぁ?」


 鼻で笑われた? エーコちゃんが身体を離すと、小憎たらしい位ツンとした顔をしていた。


「イウノ先輩。私は感謝していますよ? 聖パトリルクス修道院に来て良かった。

 ボゥお姉さまの立ち振る舞いや鉄鎖術、おばあちゃん先生の体術と足捌き、それとご存知ですか? 院長先生は弓が得意なんですよ」

「知らなかった」


 院長先生は背が高いし、貴族出身だから武芸の心得くらいはありそうだけど。

 筋肉量が生まれ付き少ないとかそんな話を聞いたことがある。弓は見た目の優美さで侮られがちだがかなり筋力が必要になる。


「ボゥお姉さまに弓矢を作って貰ったじゃないですか、あの後院長先生が矢と矢筒をくれまして」

「そうなの?」

「あの方、凄いんですよ。軽業師みたいな短弓使いで、どんな姿勢でも速射ができるんです」


 全くイメージ湧かない……だけど、エーコちゃんに無駄な時間を過ごさせていないんだったら良かった。


「もう少し学びたいこともあるので、今すぐ出ていく気はありません。

 だから、もう少しだけ、よろしくお願いしますね、先輩」


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