その11 立ち向かう時が来た
「タガサット伯爵家は三年ほど前に当主と息子が魔物討伐中の不慮の事故で死亡、当主の弟が跡目を継いでいます」
「うん、まあよくある話やな。その弟が『不慮の事故』を起こしたとしても、証拠がなけりゃ何にもならんね」
えぇ……貴族ってそんなに殺伐としてるの? カルミノさんはつまり、トチェドの叔父さんがトチェドのお父さんとお兄さんを殺して領主に成り代わったって考えているのだ。
「よくある話を続けると、前当主を慕っていた部下は現当主に冷遇されて、復権の機会を伺っています」
「絵に描いたようなよくある話やね。冷遇されてん武官が多いと軍事クーデタ一択になる流れとちゃう?」
「はい」
不穏な話にも関わらず、底抜けに明るい声でカルミノさん。トチェドもリラックスした顔で頷く。
「でも、それには正当性を担保する存在が不可欠になります。前当主の血を引く子供とか」
「ありがち〜」
トチェドはそこで手を合わせ、微笑みながら話を続ける。
「以上がボクの現状です。ゆっくり考えて、口にすることで整理ができました。
先程現れた女性は現当主を『簒奪者』と呼び、当主の座を奪い返すと豪語しました。
彼女はボクを旗頭にして内乱を画策する一味の一員です。つまり、犯罪者予備軍ですね。
彼女らに加担する事でボクにメリットはありません。犯罪者に傀儡にスケープゴートにされて使い潰されるのが目に見えています。
そして見ず知らずの大勢に恨まれ、なんの罪もない人々を死なすことになるでしょう。冗談じゃない」
笑みは絶やさずに、しかしその目には強い怒りの火が灯る。
迎えが来た。トチェドを連れて行ってしまう。そんな風に単純に考えていたが、実際にはそうではないという事だ。
トチェドは連れて行かれるかもしれない。しかしそれは、内乱の火種として。
断固とした拒絶が、トチェドから溢れていた。
「前金で金貨一枚、タガサットからの通報への報酬は折半でどない?」
「お任せします。カルミノさんに伝えられて良かった」
「なんで?」
「だってカルミノさん、タガサット家に出入りしてますよね?」
「そやね」
カルミノさんが平然と頷く。少し考えれば分かるのだが、トチェドの家から修道院宛の荷物を、カルミノさんがしばしば持ってくる。
悪い言い方だと監視も兼ねている訳だ。
「例の女はどうする気じゃ?」
「とりあえず考える時間が欲しいと言うつもりです。話が通じないなら『自警団』に捕縛をお願いします」
「それがよかろう。貴様が修道女じゃとバレておる以上、あちらは修道院にいつでも来れるからのう」
それって、すごく怖くて憂鬱だ。早く捕まって欲しい。
だけど、良かったことがいくつかある。トチェドがこれからどうするのか決めてくれたのもそうだが、エーコちゃんがハインラティアに行く場合に、信頼できる人たちと一緒に行けそうだって事だ。
安心しながらお茶を口にすると、すっかり冷めていた。私はせっかくなので意識を集中した。お茶くらいなら温められるだろう。
「弟子よ、練習はしておるか?」
「はい、三回に二回は温められますよ」
「なら次は、少し離れた水を加熱すると良い。何なら沸騰させるつもりでやれ。そこからわしのを狙ってみよ」
一メルト以上離れた場所で、ティーカップを掲げるレイさん。素人魔法使いにとって距離はかなり厄介だ。手を触れれば使えるような魔法も、距離があると上手く働かない。
今も、自分のお茶はほかほかにできてもレイさんのお茶は温まらなかった。
熟達すればそれこそ、息をするように魔法が使える。だが、その域に達するにはかなりの鍛錬が必要になる。私はまだまだ未熟者だ。
「悪いことは言わぬ、『加熱』だけでも磨き上げよ。良いか弟子、我が妻は手の施しようの無い阿呆で間抜け面じゃが、魔法の才覚だけは別格じゃ。あれは目指すなよ」
「わかりました」
バカにしてるのやら惚気けているのやら。しかし、確かに片手間で魔法を練習している私が多くを望むのは分不相応というものだ。
最終的に『聖域』を目指す。いまはそこで行こう。
「結局、俺は何ができる?」
「今後は問題が解決するまで『自警団』との連携が不可欠になるから、連絡役をしてくれると有り難いかな。
カルミノさん、羊皮紙を貰えますか?」
「ええよ、ツケといたる」
『自警団』宛の依頼書を書くトチェド、前金として金貨一枚、成功報酬で必要経費とさらに一枚。そんなお金どこに……あ、カルミノさんからの情報代か。
「ベタさん。手紙と金貨を上役の人に渡してください」
「…………こんな大金、俺が持ち逃げしたらどうすんだよ」
カルミノさんが机に置いた金貨を、恐る恐る摘むベタくん。その気持はよく分かる。金貨は大金だ。
心に芽生えた悪心と戦わねばならない程には。
「でも、ボクら友達でしょう?」
ベタくんは顔を覆った。彼にとって友人からの信頼がどれほど重いのかは分からない。でも、それはベタくん自身の言葉だ。
気恥ずかしそうに、でも嬉しそうにベタくんは頷いた。
「それ言われちゃ負けるな」
「信用しています」
その後、夕飯を食べて私たち三人はカルミナさんの部屋に泊まった。
修道院でも家でもない場所で寝るのは本当に久しぶりで、だいぶ戸惑った。
それにしても、たった一晩なのにもう修道院が恋しい。
ああ、私の居ない聖パトリルクス修道院は平和であるだろうか。




