その10 罪科
「イウノ、貴族の中でも特別な地位にある公爵と他の貴族の違いは?」
「公爵は王族の親族で、帝国を分割統治しています。帝国全土の支配者は帝都にいる皇帝陛下ですけど、広い国土の全てに目が届くわけではないので、地方ごとの貴族たちをまとめる元締めが必要なんですね」
これは、私の理解度確認とベタくんへの説明だ。私の理解度にニカお姉さまは満足そうに頷いた。
「ニカトール・デウランス公爵令嬢は、貴族学校で大きな派閥を作り、歯向かう人間を排斥していたわ。
それによる被害者は登校拒否七名、精神衰弱四名、自殺未遂六名、自殺二名、狂乱して刃傷沙汰を起こし、衛兵により殺害一名。合計二十名ね」
「え」「え」
「そこまでは知っとる。そんで自領から遠く離れた修道院に追放されたんやろ?」
淡々と罪を告白するニカお姉さま。いや、それは告白ではない。
朗らかな仮面を被って。まるで他人事のように語っているのだ。それが本当にニカお姉さまの過去の行いで、その上でこんな顔をしているのなら。
私は深呼吸した。
そうだ。違いすぎる。私の知っているニカお姉さまは得体の知れない何かを抱えてはいるものの、そんな邪悪な存在ではない。
……………………邪悪かもしれないけど、そこまでではない。
「それをニカお姉さまがされたのですか?」
「ニカトールが本当にやったことよ」
私はなるほどと頷いた。カルミノさんが胡乱な目付きで私を見る。トチェドは納得行かない様子。
「やっぱり。『ニカお姉さま』ではないんですね、良かった」
「…………イウノ、それは買い被りよ?」
「でも、私たちの『ニカお姉さま』は『ニカトール』の話をする時だけ『お姉さんは』って言わないでしょ?」
トチェドが息を吐いた。頭を掻いて頷く。ニカトール・デウランス公爵令嬢とやらと、私たちのニカお姉さまには断絶があり過ぎる。
更生したとか、罪を悔い改めたとか、そういう話ではない。
『ニカトール』と『ニカお姉さま』は別人だ。
「カルミノさん。お姉さんはニカトール・デウランスの身代わりとして、十年を大金貨百枚で売り払ったそっくりさんなのです」
私はトチェドと目を合わせて頷きあった。一安心だ。背中にどっと汗が吹き出る。あれだけ断言しておいて、本当にニカお姉さまがやらかしてたら恥ずかしくて顔向けできない。
ちなみに大金貨は金貨十枚分。つまり、一年で金貨百枚分の収入? 気が遠くなるお値段だ。
「本気で言うとるん?」
「ええ〜? お姉さん正直者で通ってるから、そう言われちゃうと傷ついちゃうかな」
「冗談はともかく、それ言ったらニカの身が危ういんちゃうんの? 知らんけど」
「ここの人たちが口を滑らせたら怖い人が来ると思うけど」
「何で俺聞いちゃったんだ……?」
青ざめるベタくん。その頭を抱きしめて、ニカお姉さまはおでこにキスの雨を降らせた。
「ありがとねベタくん、お姉さん嬉しい! でも平気平気! ニカトールは被害者に口止めした程度で知らんぷりしてるような杜撰な間抜けなんだから。
絶対に隠れていられずにやらかしているわ。私がどうしているかなんて、月に一度も見に来ないのよ? しかも隠れているつもりが見え見えのド素人が。
一度なんてボゥに捕まっちゃって大変だったたんだから」
朗らかなニカお姉さま。え? その言い方だと二月に一度は監視に来てるって事になるけど。
私はそんなの全く知らなかった。いや、流石に私みたいな子供にバレるほどではないのかな?
「ちなみに今後は何と呼べば良い?」
「今まで通り『ニカ』でいいわ。変に間違われても困るからね」
「前職は密偵か斥候やな?」
「密偵も斥候も冒険者もしてたわね……まあ、色々あってしくじっちゃってらやさぐれてる所をデウランスの郎党にスカウトされたのよ」
肩をすくめる『ニカ』お姉さま。
本名を知りたい気持ちはあるが、教えてくれないのは仕方ない。十年が経ったら聞いてみたい。
「素人とのシゴトは嫌いでね、お姉さんついついキツく当たっちゃうんだよね」
夕方に会った『自警団』のおじさんたちのひきつった顔を思い出す。本当に何をしたんだろうか。
「その点ガッマは好きよ。大好き。目敏くて機転が利いて冷酷で。子供に甘い所とか、妹が大事で仕方ない点も可愛いわ」
「妹? ガッマさんに?」
首を傾げるベタくん。そして、腑に落ちる私とトチェド。
意外と優しいだけでなく責任感もあるし、『ゴブリン』の件が終わってからも顔を出すと思ったら。
ニカお姉さまに会いに来てるのだとばかり思っていたけれど、違うのだ。
チオット。ニカお姉さまが何度かガッマさんのことをチオットに話していた。チオットも明らかに他の人に対してと違う反応をしていた。あれはそういう事なのか。
明らかに安堵するトチェド。チオットとガッマさんが兄妹だと気付いたのだ。
これはチオットに言ってあげるべきだろうか。トチェドがこんな顔をしているって知ったら、喜ぶかもしれない。
「ガッマとは、気が合うわ。シゴトするならいい相棒になれる。私と彼とはそういう関係ね」
「うーん……アネゴに何て説明しよう」
ベタくんは否定してたけど、ガッマさんの上司の女の人は……少なくともガッマさんに近付くニカお姉さまに警戒しているって事だよね。
つまり、そういうことなんじゃあないのかなぁ。顔の割にモテるのね、ガッマさん。
「デウランスの領内の動向を調べんとあまり美味しくないネタやね……ニカ、悪く思わんといて。安く買い叩かせて貰うわ」
「いいのいいの、イウノたちに説明するついでみたいなものだし」
「金貨で三枚やな!」
「毎度あり」
え? それって安いの??




