その09 情報
「そんで僕と姫ちゃんの愛の巣に乱入してきたんやな?」
「だってカルミノさん、VIPだからいい部屋に居るでしょう?」
「僕は商人やで?」
私、ニカお姉さま、トチェドとベタくんの四人はカルミノさんの借りている宿の部屋に、お邪魔していた。
商人としてではなく、『ワタリガラス』の初代とその奥さんとしてなので、部屋代は『自警団』持ちで、南西門入ってすぐの一番大きな宿屋にいた。
部屋は……というか、寝室だけではなく談話室にお風呂トイレ付でなにこれ豪邸かといった雰囲気。
内装もお高そうだし、椅子もふんわりしたソファである。暖炉で部屋全体が温められていて、とても心地よい。
「面白い話があります」
「どないな?」
ニカお姉さまの朗らかな笑み、いつもそうだけど本当に心強い。
「公爵家の醜聞」
「確定情報ではないですが、とある侯爵家で内乱の兆しが」
「あ、勇者のお友達情報もあります」
全員の視線が私に集まる。特にベタくんとトチェドだ。
ニカお姉さまは劇を見ていないので、ウォトワルフの事を知らないのだ。
「ちょい待ち、イウノ。ホンマに信憑性はあるんか?」
「間違いないですね」
断言する私。カルミノさんは商人らしい疑い深さと鋭い眼光で私を見つめた。
そんな目で見られても、確実な情報なのだ。
「…………新たな勇者と顔を繋ぎたいのは確かやしな。ええで、イウノの情報だけで匿ったる」
「他は?」
「内容次第やな。銀貨十枚からで要相談や」
銀貨十枚……あれ? 私の情報もそれくらいはするってこと?
相場がわからないけど、提示された金額の大きさに私は怖気づいた。内容は噂話レベルなんだけど。
「ちゅー訳で、イウノ」
「え、ええと……カルミノさんは巫女姫ウォトワルフの事はご存知ですよね?」
「新たな勇者デヴィンが探してるっちゅうエルフの娘やな? 知らんけど」
知っているのか知らないのか。
「残念ながらウォトワルフの情報じゃなくて、知り合いの難民の子が勇者たちと同じ出身地なんです。『水晶葉の森』」
「あ!」
私の言葉にトチェドが膝を打った。エーコちゃんの出身地を思い出したのだ。
ニカお姉さまも理解した様子で頷く。
「…………そんで?」
「劇では村の生き残りは三人だけという話でしたが、他にも居るならばそれは『勇者の友達情報』で間違いありませんよね」
「これ、ニカの仕込み?」
「お姉さんはその子が誰なのかは分かるけど、話が見えてないかな」
カルミノさんは小さく息を吐いた。期待した情報ではなかったのだろう。
しかし、私は内心で確信している。エーコちゃんが巫女姫ウォトワルフだ。
「カルミノさんたちがハインラティアに行く予定があって、本人が望むなら連れて行ってあげてほしいんですけれど」
「考えとくわー……」
明らかにテンションが低い。それを見てレイさんが肩を震わせている。
「弟子よ。カルミノをやり込めるとは、なかなかやるではないか。わしも鼻が高い」
「調子乗られると困るから変な事で褒めんといて。んで、残りの情報はどないなん?」
「その前にカルミノさん、お茶の一杯も頂ける? お姉さんたち結構走っててさぁ」
「押しかけといてよく言うわぁ」
体よくカルミノさんを追い払い、お茶の用意をしている間に、ニカお姉さまが私に詰め寄ってきた。
ちなみにカルミノさんは魔法で火を使わずに水を沸騰させるので、水差しがあればお茶がすぐに用意できる。便利ね!
「ごめん、どういうこと?」
「劇の終わりに、勇者が決戦前に分かれた仲間を探してるって話があったんです」
「ああ、それで」
「お陰で、冬の魔王討伐の情報伝播が恐ろしく早いのじゃ。『エルフ』の恋人なのじゃがな」
色恋の話など興味なさそうなのに、レイさんが意外と嬉しそうに言う。
もしかしたら、我が事のように感じているのかもしれない。『虚無守り』あるいは『吸血鬼』と呼ばれる長命種の自分と、『エルフ』の巫女姫ウォトワルフを。
「恋人ね、それでエーコちゃんじゃないと」
「亡くなった勇者のお姉さんが、エーコというらしいです」
困ったようにトチェド。どう判断すればいいか困っているのだろう。偶然の一致か、必然か。
それもそうだ。隣で愚痴を聞いていた私だから確信できるだけで。
「エーコちゃんがこの機会に故郷に帰りたいなら、できる手伝いはしてあげたいんだけど」
「そうですね。エーコちゃんにはボクと違って帰りたい場所があるんですから」
「あー……そっか、帰っちゃうのか」
これまで静かに聞いていたベタくんが、呟く。仲良くしたかったエーコちゃんが居なくなるのが淋しいのだろう。
「良かった」
「何がだよ」
「ああ、ごめんね。ベタくんの事じゃなくてトチェドの方。話も聞かずに連れてきちゃったからさ」
そうだ。前にトチェドは『今の生活を奪われそうになったら抵抗する』と言っていた。
私は今がその時なのかもと思い、トチェドと逃げてきたけれど、本人の気持ちを確認していなかった。
「いいえ、ありがとうございます。突然のことで動けずに居たので、とても助かりました」
トチェドは居住まいを正した。
「ボクのお家事情は想像していた以上に剣呑です。
正直、まだどうすればいいのか何もわからないのが現実です……それでも、手を貸しては頂けませんか?」
私は笑った。ニカお姉さまもいつもの朗らかな笑顔だ。今更、何を言っているのやら。
「なったばっかだが、ダチだろ?」
誰より最初に応えたベタくんに、トチェドは泣き笑いみたいな顔で頷いた。




