その07 射的
「はい、ハズレ〜」
「うぐぐぐぐ!」
「せめてまっすぐ飛ばしな」
三本の矢が地面に突き刺さっていた。路面を叩きがっかりするベタくん。
その肩を叩いて、ルシビルくんが弓を受け取る。
「次は私の番です」
「はい、ハズレ〜」
「無様な……」
「まっすぐ飛ぶよな?」
さっきと寸分たがわぬ場所に突き刺さる三本の矢。
地面にうずくまる人数が二人に増えた。
「試してみましょう」
ルシビルくんから弓を奪ったのはエーコちゃんだった。二人を見て小さく笑うと
帯の内側から銀貨を出した。
「賞品は最大何個貰えますか?」
「一番いい賞品一つだよ」
「お金がある限りチャレンジしても?」
「いや、そっちの下手くそ共なら構わんが……アンタは御免被るね」
それまでの六回とは違う音がした。びよんではなく、シュンと風を切る音を立てて矢が放たれる。
矢は『中当たり』に命中。目を剥く男子二人。
「張りが弱いのとしなりが強すぎるのはわざとですね。怪我をしにくい」
「そうだよ」
二射目。『大当たり』を射抜くエーコちゃん。
「やったぁ! 見て見て! 『大当たり』だよ! まぐれでもすごーい!」
「今更そんな演技されてもなぁ」
「『大当たり』よりも『中当たり』のものが二つ欲しいんですけど、ダメですかね?」
おどけるエーコちゃんに、射的屋のおじさんは肩をすくめた。
的を見ないで三射目。貫禄の大当たり。
「さすがはエーコちゃん!」
「エーコ、弓がお上手ですのね」
「本職でしたので」
エーコちゃんは『中当たり』の賞品から同じものを二つ選んだ。鳥の羽と木製の飾りのついた組紐だ。
「ベタさん。豆パンのお礼です。気を遣わせましたね」
「え、おう……ありがと」
「ルシビルさん。席のお礼です。よく見えました。ついでにロドゥバのお詫びも」
「あ、はい」
「それと、二人とも見ていて楽しかったですよ」
「うう……」「こんなはずでは……」
うなだれる二人にエーコちゃんは満面の笑みで手を差し伸べる。
自分より小さい子だと思っていただろうベタくんはバツが悪そう。
「たまたま、私の得意分野だっただけですよ。みんなも楽しそうですし、いいのでは?」
「そーだな……」
「おれも、おれもやりたい!」
「ヌーヨドは怪我するからダメですわ。誰か、この子も楽しめそうな遊びをご存知ありませんこと?」
顔を見合わせるベタくんとルシビルくん。ぱっと立ち上がって周りを確認。
「あれなんてどうだ? 型抜き」
「何をするお店ですか?」
「硬めのビスケットに線が入ってて、ヘラを使ってきれいに切り取れたら銀貨が貰えんのさ」
聞く分には簡単そうだ。
「八人分私が出すので、成功報酬で皆にプレゼントを買うのはどうですか? 初めて出来た友達に、なにか送りたいのです」
「よし、じゃあがんばっちゃおうかな!」
私達はテーブルを囲み、ルシビルくんが購入したビスケットを慎重に削り出した。
「あ」「げ」「これ、簡単に割れませんこと?」
こういう細かい作業はトチェドとチオットが得意だ。
対して私とベタくんとロドゥバはあっという間に割ったり削りすぎたりしてしまった。
いや、ビスケットを犬の形に削るとか無理だってば。
「『来訪祭』で、また会えますかね?」
「『来訪祭』だからって、シスターはおしゃれしないから。黒尽くめの私たちを見つけてくれたら」
約束の時間が来たので、ルシビルくんと別れの時。彼は寂しそうに微笑むと、エーコちゃんに貰った組紐を掲げた。
「大切にします。今日はとても楽しかった、また会いましょう」
「またな」
「またね!」
同じく組紐をいじくるベタくんと並んで、北東門の立ち飲み屋へ。
結局あの後、全員型抜きに失敗し、笑いながら輪投げをしてきた。
ヌーヨドは取ってもらったちょうちょ型のボタンにご満悦だし、トチェドはチオットに花を贈っていた。
だんだんお日様が落ちてきて、冷たい風が吹き始めている。肌寒くなってきたし、帰るにはいい頃合いだ。
「ニカお姉さま」
「は〜い、うふふふ。イウノは元気ね可愛いわね。大好きよ。お姉さんはあなた達がだーい好きー! 愛してる〜!」
赤い顔で抱きつくやいなや、お酒臭いキスの雨を降らせるニカお姉さま。
無茶苦茶酔ってる!
「その女をなンとかしてくれ。こっちは俺が背負っていく」
「すぴーすぴー」
「ヘアルト……これは、その、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんわ」
「バカだぞこいつら、強い酒を奢られてこの有り様だ」
やれやれとため息を付くガッマさん。ロドゥバじゃないけど、ご迷惑をおかけしました。
「その相手は?」
「そこで潰れてる」
若い男の人が二人、壁に寄りかかって高いびき。
「風邪ひきそうですね」
「こんなにイイ男と一緒なのに、ナンパするようなワルは、ほっとけばいいのよ〜、優しいイウノも可愛くて好き好き!」
ガッマさんのおでこにキスして、また戻ってきたニカお姉さま。
時々院長先生とお酒を飲んでるのは知ってたけど、ここまで酔ってるのははじめた見た。楽しかったのだろう。
「じゃあ、帰りますよ。歩けますか?」
「もちろん! あらイウノったら三人に増えてどのイウノからキスしちゃおうかお姉さん迷っちゃう〜」
「駄目そう」
「じゃあ、ボクがこっちを支えますから、イウノさんは反対をお願いします」
トチェドと二人がかりでニカお姉さまを支える。千鳥足の人間を歩かせるのって、すごくしんどい! 勝手にどっか行こうとするし。
「トチェドも優しくて気が利いて、お姉さん大好きよ〜」
「う……お酒臭い」
「好き好きトチェド〜!」
キス魔の攻撃から顔を守るトチェド。私はお酒臭い息がかからなくなって一安心だ。
「トチェド……? そこにおられるのはトチェド・タガサット様ではござりませぬか?」
立ち飲みをしていた女性客が、驚きの声を上げてこちらを見た。トチェドの肩が震える。悪いことを見咎められたような顔。
「お探ししておりました! トチェド様! すぐに拙者と戻り、あの憎き簒奪者から当主の座を奪い返してやりましょう!」




