その08 お金ってステキ…?
「おはようございます……」
翌朝の目覚めは最悪だった。
金貨のことで、最初は浮ついていた気持ちも、ベッドの中ではどんどん落ち込んでいった。
そもそも、これは賄賂というやつではなかろうか。
私はとんでもないルール違反をしているのではなかろうか。
いつもなら美味しいニカお姉さまの朝ご飯。なのに今日はどうにも味気ない。
朝食の後は掃除と野良仕事だ。偉そうに椅子に座りふんぞり返るロドゥバ。憎たらしい。
「どうしたんですの? わたくしの分まで頼みますわよ、オホホホホホ!」
「はいはい、わかりましたー」
そもそも私はなんであのお金を受け取ってしまったのだ。
相手は憎い『貴族樣』だ。お金は欲しい。お金は素敵だ。でも今では酷くいやらしくて汚いものみたいに感じる。
だけれど、だけれどだ。馬鹿にするなと振り払うには、金貨はあまりにも大金だった。
私は悶々としながらもいつも通りしっかり掃除をした。そもそも、ロドゥバがいなくても毎日やっていたのだ。これぐらい朝飯前だ。
「畑仕事は仕事してるフリぐらいはしてくださいよ。私が教えるのを見てるだけでもいいです」
「面倒くさいですわ」
「サボってるのがバレる方が面倒くさいと思いますが?」
畑仕事は昨日と同じだ。注意点を説明しながら私が実演する。本当はロドゥバにも動いてほしいのだが、今日に関しては何も言えない。
「お勉強の時間は別に何もしなくていいですよね?」
「ええ? わたくしに答えを教えるくらいの事はできませんの?」
昨日に引き続きおばあちゃん先生の数学だった。
二人のために面積の求め方や二桁の掛け算の問題が出る。私は右後ろに座ったロドゥバに見えるように、答えを木板に書いていく。
ひどく惨めな気分だった。
「よくやってくれましたわ。明日もよろしくお願いしますわね」
自由時間に入ると、ロドゥバがいやらしいニヤニヤ笑いと共に接触してきた。
差し出された金貨は、恐ろしいほどに妖しくきらめいていた。
「抵抗をしなければ」という気持ちと「めったにない機会だ。もったいない」という気持ちがせめぎ合う。
せめぎ合うが。
「とても賢い選択ですわ。オホホ、オホホホホ!」
高笑いしながら去るロドゥバ。私は唇を噛んで悔し涙を押し殺した。
全身を貫く敗北感。胸の奥にしこりがある。吐き気がひどい。
私は歯ぎしりしながら虚空を睨みつけた。このままではダメだ。
…………助けが必要だ。私は金貨を握りしめながら、二階に向かった。
「よーうイウノ、シケた面してンな。そろそろ来ると思ったよ」
「……知ってたんですか?」
「いンや。元気印がやけにショゲてたかンな。フットワークの軽さがイウノの美点だ。困ってンならすぐ動くだろ?」
「よくお分かりで」
私は息を吐いた。院長先生は適当なようで皆をよく見ている。魔女みたいな目付きは伊達ではないのだ。
「これ、なんですけど」
「おや、金貨じゃないか。ちょろまかしたのか? やるね」
「褒めないでください。盗んでません。ロドゥバにもらったんです」
院長先生が目を細くした。笑ったのだ。楽しんでいる。
「金貨一枚で、一日の仕事を肩代わりしてくれって、私……その、断れなくて」
「ほーん……いや、マジか。見直したよロドゥバ。バカじゃなかったンだな」
「んんん?」
「働きたくないから金を使って対処しようとしたンだろ? ついでに小憎たらしい庶民を金で平伏させたかったのさね」
私はぽかんとなった。
院長先生の言葉の意味を取りかねて、少し頭が回らなかったのだ。
「私の上に立とうとして、お金を使ったってことですか?」
「苦肉の策でな。アイツは家柄と金があり、今まではそれでなンとかできてきた。だが修道院ではイウノを始め誰もロドゥバを尊ばない。それどころか勉強でも仕事でも何もできねーとバカにされる」
「しましたねー」
口には出さなかったけど、表情に出ていた自覚がある。そしてロドゥバは我慢がならなかったのだ。
「そンで何だっけ? 貰ったお金の使い道の相談か?」
「いえ、私……悪いことをしてる気がして」
しどろもどろな私に、院長先生は「ケケケ」と魔女みたいに笑った。何がおかしいのだ。
「金を貰って仕事をする。何が悪いよ」
「え……えぇ…………?」
何が悪いって、そりゃあ、なんだろう。
私は考え込んだ。少なくとも私は罪悪感と後ろ暗さを覚えていた。お金を貰うのは悪いことだった。
ではなにが悪いことなのだ?
「秘密の裏取引が悪いこと……?」
「チオットと私物の交換とかしてンだろ? それと同じさね」
そう言われてしまうと、うーん?
しかし、院長先生に丸め込まれてはならない。私は確かに罪の意識に怯えていた。何かが悪かった。罪があった。
「あれ……? もしかして私」
院長先生がニヤニヤ笑いで先を促す。何が悪いって院長先生は性格が悪い。
「ロドゥバに仕事を教えなきゃならないのに、それと対立しちゃうから嫌だっただけ……?」
「だとしたらどうするのさ?」