表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第九話【アウェイ】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/117

その02 開幕

「おや、そちら随分と大所帯ですね。こちらは一人ですから良ければこちらへどうぞ」


 座敷席に戻ると隣の席には身なりの良い少年が座っていた。

 金色の巻き毛の、人の良さそうな顔立ち。豪商か、貴族だろうか。私はロドゥバに視線を向ける。


「ヌーヨドがおりますので、わたくしは遠慮いたしますわ」

「おれ、いい子してるヨ?」

「ええ、ヌーヨドはとても良い子ですわ」


 緑色の顔を隠すためにベールを付けているヌーヨド、確かに他の座敷にお邪魔はし難い。

 トチェドの裾を、チオットが摘んでいる。そうすると、お招きに預かるのは。


「じゃあお邪魔します。ありがとうございます」

「私もよろしいですか? お行儀よく致しますので」


 身なりの良い少年に困惑と不信の視線を向けるベタくんも無理なので、選択肢は私に限られる。

 当然のような顔をしてエーコちゃんも付いてきた。


「新しい年の前に、北の魔王が討伐されるのは縁起が良いですね。来年はいい年になりそうだ」

「そうですね、ハインラティア出身の知り合いが何人か居るので、本当に嬉しいです」


 穏やかな喋り方。年の頃は私と同じ位、十二、三歳かな。あちらは私達を聖パトリルクス修道院のシスターであると分かっているのだろう。

 身元を見抜いていれば、何かあっても安心できる。逆にこちらは相手が何者か分からないのでなんとも言えないが、それを聞くのはマナー違反に思えたので言わないことにする。


「始まりますね」


 私はコップの中の果汁水を飲み干した。甘酸っぱい果実の飲み物は口当たりもよく爽やかであった。

 これから始まる劇への期待も、否応もなく高まるというもの。


 私は名も知らぬ少年の横でも、視線も意識も完全に舞台に向いていた。

 木製の簡易的な舞台の上には、豪華な服を着たヒゲの男性。彼は羽根付き帽子を片手に一礼。


 舞台の周辺に、楽器を持った四人ほど。リュート、フィドル、太鼓にラッパ。

 ヒゲの男性が顔を上げると、高らかにラッパが鳴った! 開演である。


「ようこそ! わが劇団へ! 紳士淑女そしてお坊ちゃんお嬢様方、皆様は大変に運が良い!

 我々はどこよりも早くこの英雄譚を手に入れ、誰よりも早く舞台化致しました!


 ご存知の方は多いでしょう! 冬の魔王 カーツ=マイレンは新たな勇者に倒されました!

 そしてその勇者が、ハインラティア国王との謁見において何よりも先んじて懇願したのが、この英雄譚を広めることなのです!


 ああ! 誤解なさらぬよう!

 彼の勇者は偉大にして謙虚! 勇猛にして果敢! そしてなによりも愛に生きる男の中の男!

 己の名を売ることよりも、愛する人のために!


 それではその目に焼き付けて下さいませ!

 『巫女姫ウォトワルフに捧げる凱歌』!!」


 小太鼓がリズムよく叩かれ、二つの弦楽器が緩やかに合流して段々と音を高くする。

 そこにラッパが鳴り響く。始まりだ。始まりなのだが。


「は?」

「??」


 私の隣のエーコちゃんがポカンと口を開けていた。初めて見る表情、完全に呆気にとられている。


「今から約二十年の昔、ハインラティア王国西部、『結晶葉の森』に隣する村に一人の男児が生まれました。

 『結晶葉の森』は『共生者 シンビウス』の眷属であり、永遠を生きる森の賢者『エルフ』の森! 彼は村人とエルフたちに愛されてすくすくと育ちます」


 聞き覚えのある森。私はエーコちゃんを盗み見た。いつも色白なエーコちゃんだが、いつも以上に青白く、脂汗が浮かんでいる。


「しかし彼が十歳の時、悲劇が村を襲いました!

 復活したカーツ=マイレンの呼び出した寒波で、『結晶葉の森』も彼の村の凍りついて雪の下! おお! なんという悲劇!」


 激しく鳴り響くラッパ。

 ヒゲの男性の語り口は軽妙だけど、なんだか少し物足りない。司書先生が上手すぎるのかな?


「辛くも難を逃れたのは、『結晶葉の森』の『エルフ』の巫女姫ウォトワルフ!

 彼女ほどの存在でも、助けられたのは近くに居た幼い少年とその姉だけ!


 ウォトワルフは誓います。この姉弟を立派に育て上げなければと。

 そして彼女は持てる限りの技術を二人に教え込みました。


 十年もしないうちに、姉は周辺一の狩人となり、弟はだれにも負けない戦士になりました。

 その弟こそが後の勇者! そう、勇者デヴィンなのです!!」


 壇上に精悍な男の人が上がる。槍を片手に、輝く鎧を着た青年。勇者デヴィン役だろう。


「嘘でしょう……」


 観客たちが歓声を上げる。その声に紛れるように、エーコちゃんが小さく呟いた。

 決まりだ。私はエーコちゃんの反応から状況を理解した。


 勇者デヴィンはエーコちゃんの仲間だ。


「後の勇者デヴィンと、その姉エーコは己を鍛えながら復讐の時を伺いました。

 村の仇、森の仇、憎き冬の魔王 カーツ=マイレン! 復讐するは我にあり!」


 エーコ? 私達全員の視線がエーコちゃんに向いた。いや、別に珍しい名前でもないのだろうけれど、あまりにも符号点が多すぎる。

 『水晶葉の森』の『エルフ』。狩人のエーコ。


 勇者デヴィン役の青年の左右に、ドレスを着た銀髪の美女と、男の人みたいな服装で弓を持つお姉さんが並んだ。

 美女はつけ耳をして『エルフ』を強調。あれが巫女姫役なのだろう。


 では、エーコちゃんは一体全体どっちなんだろう。

 姉なの? 美人の巫女姫なの?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ