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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第八話【ここではないどこか】

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その10 私たちのささやかな理由

「魔法に必要なのはイメージと集中力じゃ。へその下、丹田に意識を集めよ、腹筋ではないぞ?

 胸ではなく腹で息をせい、腹じゃ! 呼吸は生命の循環、魔力操作の基礎じゃ。背筋(せすじ)


 今後は常に腹式呼吸を心がけよ、腹に入った空気が丹田で魔力に変わり、全身に行き渡るイメージを忘れるな。


 集中じゃ。丹田から全身に……腹式呼吸! 背筋も曲がっている!!」


 レイさんこと、初代『ワタリガラス(レイヴン)』の魔法訓練は厳しかった。

 お腹やおしり、胸、背中に薄い板がピシピシと打ち付けられる。


 カルミノさんとレイさんがこの時期にティカイに来たのは、病床の二代目のお見舞いと、跡継ぎ争いのゴタゴタを終わらせるためだ。

 そのついでに『カルマ・ノーディ』の次の話について院長先生への頼みがあった

うだ。


 ティカイルクス伯爵からレイさんへの手紙、ティカイにいた『人間以外のヒト』を亡命させる依頼が、次のカルマの冒険になるらしい。

 だから預かっていた例の手紙二枚を資料として返して欲しいのと、ついでに修道院を出していいかどうかだそうで。


「そういえば、二十年前も院長先生は居たんですか?」

「雑念!」

「あいた!」


 板でおしりを叩かれる。大した痛さではないけど音が大きいしびっくりしちゃう。


「オホホホ、集中力が足りませんわね! わたくしの方が早く習得できそうでしてよ!」

「背筋! 呼吸!」

「お、おやめなさって!」


 ロドゥバもロドゥバで集中力に欠ける所がある。そう、ロドゥバも魔法の訓練を受けていた。

 聖職者になるのか、相談役になるのか、別のルートを探すのか。ロドゥバの目標までの道筋は分からない。


 なので、せっかくの機会だから魔法を習うことにしたらしい。

 使えて損はないだろうという私のお気楽な考えに同意したともいう。


「トリシスなら居ったよ。手紙、読んだんよね?」

「はい、読みました」


 トリシス。院長先生の名前はほとんど呼ばれないので忘れがちだが、そんな名前。だった。

 そして、ティカイルクス伯爵の手紙にも書いてあったようななかったような。


 私はこの聖パトリルクス修道院と、院長先生に関するいくつかの疑問を飲み込んだ。

 カルミノさんに聞いたら気軽に答えてくれそうただ。でも、だったら私は院長先生本人に聞きたい。


 パトリルクスは誰の名前なのか。

 院長先生がそうなら、ティカイルクスとの関係は。

 そして、院長先生は何者なのか。


「雑念がある。集中せい、集中!

 丹田から広がった魔力に指向性をもたせよ。掌に集中するのじゃ」

「レイさん、なんで丹田から全身に回してまた集めるんですか?」


 私の質問に、レイさんは形の良い眉を上げた。長いまつげが揺れる。


「良い質問じゃ。魔力を全身に循環させたまま聞け。魔法は火に似ておる。火を燃やすのに必要なものは何か?」

「…………空気と薪、ですか?」

「それと種火じゃな。火打ち石でもみがらに付けた種火、あるいは燃え尽きる前の炭の熾。これが丹田にある」


 レイさんが自分自身の鼠径部を示した。


「種火の強さは才能と訓練次第じゃ。

 そして呼吸で全身に回すのは『空気』。空気が尽きては火が途切れる。同様に、循環が途切れると魔力は途切れてしまう。


 掌に集中し、その先にある水にイメージを投影せよ。その水こそが薪。そして結果が火じゃ。

 下手くその魔法は下手くその火起こしと同じじゃぞ。コツを掴むまで火傷して憶えよ!」


 私とロドゥバが練習しているのは『ライフレア』と『イスワーン』のそれぞれ初歩の魔法『加熱』と『冷却』だ。

 両手で握ったカップの中の水に向かって延々暖まれ(ロドゥバの場合は冷えろ)と念じるのである。


 魔法は不思議なもので、発動した瞬間に指先がチリチリして針で抉られたように痛み、体の内側から何かが削られるのが分かる。

 それは失敗していても同じで、この感覚にはなかなか馴れない。


「痛ッ」

「最後で集中を乱すな! 痛いのは最初だけじゃ。今まで未利用じゃった魔力経絡が開く際に生じるものじゃからな!」

「ど、どれくらいで慣れますの……?」

「一日百回その鍛錬を繰り返したならば、一月以内には」

「えぇ……」


 ロドゥバの疲れたような不満声は、一月もかかることか、それとも一日百回もこれをやらねばならないからか。

 両方かな? 正直勘弁して欲しい。


「わしに時間もないし、今日はぶっ倒れるまで続けよ。

 その後は水を飲む前に必ず魔法をかけてからじゃ! 返事は?」

「はい」「はい」


「『来訪祭』の後もちょいとは居るつもりやで、ゆっくりやりや〜」

「たった半月で形になるなら夜の中魔法使いで溢れておるわい」


 それもそうだ。

 しかし、私もロドゥバもその半月でなんとか魔法を使えるようになりたかった。


 理由? まあ随分とささやかで、でもやる気が出て、ついでにすごく分かりやすいものだ。


 私はロドゥバに、ロドゥバは私に。

 負けたくないんだよね!


 そんな感じで、聖パトリルクス修道院は今日も平和です!


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