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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第八話【ここではないどこか】

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その07 才能

 『スクライィング』。


 透明性のある物質や鏡を利用した占いの一種である。

 主に対象物に映り込んだ物理的『ではない』光から、何らかの幻視やイメージを読み取るというものとなる。


 テーブルに伏せられたガラス製のコップの周りに、十二個の石が置かれる。

 それらは大天使を象徴する宝石や鉱石、あるいはその類似品だ。


 赤、橙、紫、青、そして二色の緑の宝石やガラス玉。

 白、黒、桃色、水色、黄色の不透明な石と、真鍮。


「上からぼんやり見つめな。中心にコップ、全体を見る感じで焦点はどこにも合わすなよ」


 言われた通りにぼんやりと見つめていくと、石と石、そしてコップの境界線が曖昧になっていく。

 少し離れた場所にある暖炉の火の輝きがガラスと石を幻想的に揺らす。星が瞬くように、石たちが滲みながら反射していた。


 目を閉じた時に、暗闇の中でちらつくモザイクのかけらがあるだろう。あれに似たチカチカしたものが、焦点を合わせると逃げてしまう幻想的な光があった。


「光が見えるような見えないような」

「色と形は? なんとなくでいい。直感的に」

「えぇ……黄色い、いや、もっとオレンジ色……かな?」


 形と言われても、星みたいに瞬いているとしか。


「結晶みたいな……?」

「おめでとうイウノ、『ライフレア』か『ブラサルファ』に絞れたな」


 『硫黄と真鍮のブラサルファ』は工業や都市の守護者で、私の中での好感度はかなり高いが、『真紅の悪龍 ライフレア』は戦争とか反逆とかなので正直嬉しくない。

 それが顔に出ていたのか、院長先生は嬉しそうに魔女笑い。


「ヒヒヒヒヒ、捨てたモンじゃァないぜ? 『悪龍(ライフレア)』は過酷な環境や困難に立ち向かう神だ。『聖域』の便利さは折り紙付きだろ?」

「確かに! 自分で使えたら毎日が快適になっちゃいますね」


 それは突然楽しみになってきたぞ。現金なものだが、生活の便利さを引き合いに出されるとやる気がモリモリ湧いて出る。


 ちなみに私は三人目、最初はチオットですぐに『桃色の渦』が見えると言っていた。『タピルス』であるチオットは素質うんぬんではなく、生まれついて『大渦(メモルプリカ)』の祝福があるのだろう。

 彼女は誕生日関係なくそれしか有りえないのだ。


 続くトチェドはそれらしいものが見えなかった。魔法使いの仕事は潰しが効くので使えるものなら使えるようになりたかったとがっかりしていた。


「見え方が『なんとなく』だと守護は重なってても素養は低いぜ。習熟にも時間がかかっから、イウノも結局無いも同然なンだけどな」


「それてはわたくしのように黒い星が明らかに瞬いているのはどうなのですか?」

「手前はこういった非文明的なものとは相性が悪うございます」


 被せてきたへアルトは無視をされて、院長先生は真面目くさった顔でロドゥバの目を覗き込んだ。

 困ったように。目を逸らすロドゥバ。


「形は?」

「…………くっきりと十字の波形なのですけれど」

「そこまでシッカリ見えてンなら、完璧に『イスワーン』の大天使『墓石の冥王 レイビス』さね。

 初歩だけじゃァねェマジモンの魔法使いに成れンのは百人に一人。そこに含まれてる事を祈ってな」


 魔女の笑みで言われて、ロドゥバは少なからず浮かない顔をしていた。

 私ならば魔法の素質があると嬉しい。だが貴族のロドゥバにとっては魔法はどうなのだろう。


「嬉しくないのですか?」


 嘘か真か『素質なし』だったエーコちゃんの問いに、ロドゥバは頭を振った。


「聖職者や魔法使いを相談役として侍らせる貴族は少なくありませんわ。

 けれど貴族本人が魔法使いである事は多くありませんの」


 ロドゥバの返答はシンプルに彼女自身の生き方の問題であった。貴族的ではない。

 私やエーコちゃんには理解できないが、ロドゥバには大事な事なのだろう。


 そして、理解できないエーコちゃんだからこそ、次の決定的な言葉を口にしてしまった。

 何気なく、悪意なく。それ故にどこまでも残酷に。


「ロドゥバ先輩は貴族に戻れるつもりなのですか?」


 これがへアルトからの悪態だったならば、ロドゥバは無視できたし、笑い飛ばすことも可能だったろう。

 だが、無理であった。


 大人びて斜には構えているものの、エーコちゃんはいつでも直截的で正直だった。

 その言葉を受け流せる程、ロドゥバは強くなかった。


「そ、それは……」

「あ……いや先輩、違うのです!」


 血相を変えたロドゥバに、エーコちゃんは今更ながらに失言に気が付いた。


 『お前は貴族階級から追放された』。


 図らずもエーコちゃんの言葉はそれをロドゥバに突き付けていた。

 珍しく慌てて、語尾を荒げるエーコちゃんから、ロドゥバは逃げた。素早く回れ右して広間から飛び出していく。


 貴族である事にプライドを持ち、貴族たろうと有る事で己を保ち続けてきたロドゥバには、それは耐え難い言葉だったのだろう。


「ロドゥバ!」


 誰よりも早く、自分自身思いもよらぬ早さで私が飛び出していた。

 考えるより先に体が動いていた。何を言うかとか、どうするかは二の次で、取るもの取らずで飛びだした。


 広間を出てすぐ。ロドゥバは、どこにも行けずに中庭で立ちすくんでいた。

 どこにも。そう。


 ロドゥバ自身のようにどこにも行けずに。


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