その06 確率
「魔法の才能、素質、そう呼ばれるものは生まれついて決まってンだ。より正確にゃ、お前らは生まれた瞬間に、六色の世界龍と七十二柱の天使から祝福を受ける」
翌日の授業は、神話とか全く関係ない魔法の授業だった。
「しかしそりゃァ人間の話だ。人間は六色の世界龍全ての祝福を受けている。
逆に言うと、誰からも特別扱いをされてねェってこどだ。
だから人間は自分らを特別な存在だと思いたくて仕方ねェし、そのために片手で数え切れねェ程のごまかしや嘘っパチを重ねてきた。
が、今はそれは関係ねェよな」
院長先生は大振りな羊皮紙を広げた。地図のようなそれは、暦表だ。
全体が月の数、十二に区切られていて、それぞれに大天使の絵が書かれている。
週ごとに名前が付けられていて、それらは週を司る天使長の名前なのだ。
「自分の誕生日と誕生時間を正確に言える奴は? いねェよな」
「いちいち祝うものでもないしね」
「わたくしは冬の生まれらしいですけれど、それ以上は……」
年齢も、次の年になったら何歳という感じに増やしていくものだし、誕生日時なんて考えたこともなかった。
「誕生月、週で守護天使長が分かる。それに曜日と時間で守護龍補と守護大天使補が見えてくるってェ寸法だ。
主となる天使長と、龍補と大天使補のどれかが重なりゃァ『才能』有りさね。イウノ、確率は?」
え?
そんな殺生な、何通りの計算だと一瞬焦るも、基本的にサイコロの問題と大差ないことに気が付いた。
サイコロ二個を振ってゾロ目が出るのが六回に一度。サイコロの目は六かける六の三十六通りだから、三十六分の六。
第三のサイコロの目が一だったとして、第一第二どちらかのサイコロの目が一である確率は三十六分の十。
足して……一のゾロ目が重なっているから三十六分の十六。約分すると。
「九分の四!」
「惜しい、三十六分の十一だな」
「全然惜しくないではありませんの」
「まったくですね、イウノさんも口程にもございませんね!」
へアルトに馬鹿にされると正直ダメージが大きいんですけど!
「あ、あの……い、イウノちゃんは、その……龍の六色で、計算を……」
「あ」
おおっと、やっちゃった。
大天使は十二通りになるのでサイコロではない。ゾロ目扱いが七十二分の十二通りになって、第三の目と同じになる確率は十一通りなので……七十二分の二十二。やっちゃった!
私はおでこを叩いた。
「へアルト、説明なさい」
「45%が60%になってるんだから、計算ミスも甚だしいですね。とにかく、この場の四人に三人は魔法の素質があるということですよお嬢様。エヘン」
「流石のわたくしも、へアルトに数学的才能がないことは分かりましたわ」
九分の四が約45%であるという所が正解してるだけでもすごい。
「南東にある魔法都市レインバックに行きゃァ専門の天使長魔法を教えてくれるだろうが、まあ難しいわな」
「院長先生、少し疑問なのですが……そうすると、先生の扱う『神聖言語』はどこから来る魔法なのですか?」
困ったように尋ねるトチェド、そう言えば、そうだ。院長先生は唯一にして偉大なる神の魔法『神聖言語』が使える。
「ありゃァな、世界龍の魔法のつまみ食いさね。始めた奴ァマジモンの天才だな。
祝福のある大天使ではなく、その上の龍にのみ着目して複数の龍の魔法を少しずつだけ扱えるようにする。
正統派の魔法使いなら己に与えられた魔法を極めようとするもンだが、『神聖言語』は最初から『手を広げて浅く済ませる』ことを主眼に置いてンだ。
魔法への冒涜だと言われることもあるが、汎用性の高い基礎魔法のみを複数会得する事で、状況対応能力は大いにあがるってェモンさね」
自分がその使い手だというのに、あまり良く思っていない雰囲気の院長先生。
いや、そもそも院長先生はなんで聖職者やってるの??
「世界龍の魔法にゃ、どれでも治癒の魔法がある。でも、ちィっとずつ違うのさね。
そもそも治癒の魔法は簡単な負傷を修復し、傷の悪化を防ぐもンさ。骨折は治せンし、欠損した部位は戻らンのよ。
『大渦』の治癒魔法は精神安定効果もあり、パニックや興奮を抑えられる。
『島龍』なら筋肉や内臓の疲労回復に効果が高い。筋肉痛にも効くぜ。
『悪龍』だと痛み止め効果が長く続く。保温効果もある。
専用魔法使いはそれぞれの系統の多くの魔法を学べるが、『神聖言語』の場合は基礎魔法しか使えん代わりに治癒の魔法で今の三つの効果を全部発揮できンのさ」
比較できるほど知識がないので、どれ位便利なのか不便なのか分からないけれど、院長先生はの治癒魔法が今の三つの効果全てに当てはまる事に気付かされた。
それが出来るのは『神聖言語』だけ、なるほど、隠し芸にするなら『神聖言語』が役立ちそうだ。
「つー訳で、誰も誕生日が分かンねェみたいだし、明日は順番で『スクライィング』な」
「『スクライィング』?」
「ガラスを使った幻視法さね。世界龍の啓示を受ける際にも使用するシンプルな卜占儀式さ」
顔を見合わせる私たち。
つまり、水晶玉占いとか、そういうあれを私達自身がするってこと?




