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その07 お金ってステキ

「ロドゥバ、夕ご飯は|熊の刻(午後6時)だから、それまでは自由時間だよ」

「そうですのね……」


 疲労困憊の体のロドゥバとヘアルト。もはや私が丁寧語を全く使わなくなったことにすら気付きもしない。


「夕飯の当番はチオットだから美味しいよ。私はボゥお姉さまと野草摘みに行くから」

「私は写本をします、完成させればお賃金も出ますよ。よかったらいかがですか?」


 写本は聖パトリルクス修道院の貴重な現金収入源である。

 作業が丁寧で字の綺麗なトチェドは、お仕事が免除されている時間を写本をして過ごしていた。


 お金に苦労していないはずのトチェドだが、節制と倹約を好む。これまでも苦労してきたのだろうし、いつ寄付金が切られてもいいようにと貯蓄しているとこぼしたことがある。


「遠慮いたしますわ……休ませていただきます」

「手前ももう頭がパンパンで……」


 フラフラと自室に帰る二人。私は台所の隣の部屋に行き、鎌と背負い籠を用意した。

 正門の前には同じく背負い籠を背負ったボゥお姉さまが待っていた。


「もう暗くなり始めてますね」

「………………」


 ボゥお姉さまは頷き、森の方を指さした。野草摘みはボゥお姉さまと行くように言われている。

 凶暴なケモノ、魔物、危険な毒草、どれもボゥお姉さまが対処できる。


 特にボゥお姉さまは毒に詳しい。喋れないから昔のことは聞けないが、私はニカお姉さまの言う「ボゥはお医者さんだったのかも」という言葉を勝手に信じていた。

 身長が2メルト近いボゥお姉さまだが、森の中を歩く時は影のように静かで存在感が薄くなる。


 茂みや根っこ、石などを気にしてガサガサ歩く私とは大違いだ。そのボゥお姉さまが顔を上げた。遠くの音に耳を澄ます。

 私は呼吸を止めて静かにするように努めた。お姉さまが何かを見つけたのだ。


「…………ッ」


 ボゥお姉さまが黒い風になって飛び出した。その手にはいつの間にか斧が握られている。

 何かを飛ばした。全く見えないけど、ロープに繋がった分銅だということは知っている。

 獲物がいたのだ。私はその先の確認をしなかった。ボゥお姉さまが明日の夕飯の狩りを済ませた。それで十分だ。


 その後、私たちは野草摘みもそこそこに、獲物の処理のために近くの小川に移動した。





 翌日は、早朝のお勤めはニカお姉さまとヘアルトの当番なので、なんと|馬の半刻(午前7時)まで寝ていられる。

 夕飯の後、私は今日の野草を洗って干して、その後は図書室で本を読んで過ごした。

 ろうそくも油も安くない。消灯は|兎の半刻(午後9時)だ。その前に自室に戻ろうとすると、部屋の前にロドゥバがいた。


 ふてくされたような顔をして、しかし疲れ切った表情で。


「わたくしを待たせるとはいい度胸ですわね、平民風情が」

「訪問の約束がなかったからね。明日は馬の半刻起きだよ。起こしてくださいってお願いに来たの?」


 挑発的な私の態度に憮然とするロドゥバ。でも態度が悪いのはお互い様だ。


「少し考えたのですけれど、わたくしは貴族ですので貴族らしく命令することにいたしましたわ」


 それでも気を取り直したのか、余裕を装って何かを取り出すロドゥバ。コインだ。しかも大ぶりの。

 私の持つランタンの明かりにキラキラと光る、輝くような黄金色。


「え…………金貨?」

「平民風情では触ったこともないのではないですの? これ一枚で、明日はわたくしの召使いして差し上げますわ。光栄に思いながら、わたくしの分まで働きなさい!」


 金貨、見たことはあっても触るのは初めて。見た目に反してずっしり重い。

 お値段的には銀貨100枚分。昼間の問題の通りなら、下男の月給は週一休みで銀貨225枚。金貨2枚と四分の一にしかならない。


 物価に疎い私でも、銀貨一枚あれば屋台で好き放題買えるのは知っている。

 豪勢な夕飯を食べてもお釣りが来る。普通のご飯なら朝晩食べても銀貨一枚で事足りる。


 こっそり見に行ったことのある、本物のお茶は一杯で銀貨一枚だった。

 葉っぱを買うならもっとお高いだろう。


 そうだ。砂糖! 砂糖はいくらぐらいだろう。銀貨一枚あれば甘いお菓子がいっぱい食べられるだろう。村々から来る子供たちに食べさせてあげたい。

 あとは炭だ! 冬になったら炭が欲しい。いや待て、暖かい毛皮もいいだろう。

 羊毛の防寒具は暖かいけれど、靴下の代え、手袋に襟巻にブーツ。

 ブーツ以外は銀貨一枚以下で買える品物だ。金貨があれば修道院の全員分の防寒着だって買えそうだ。


 ああ、あるいは。

 うちへの仕送りにしたら。



 あのとき。



 銀貨の一枚でもあればって。




 …………その銀貨が。







 百枚分。





「イウノ? 消灯の時間よ」


 おばあちゃん先生に声をかけられて、私は茫然自失の体であったことに気がついた。

 いつの間にかロドゥバの姿はなく、私は体温で暖かくなっていた金貨をとっさに隠した。


「はい、おばあちゃん先生」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 逃げるように自室に飛び込んで、私は金貨をどうしたらいいかわからずに困惑した。

 とりあえずチェストの底に、音がしないように静かに置いた。


 それで? その後は?


 どうしよう、どうしたらいいの?

 とりあえずベッドに横になったものの、眠れる気は全くしなかった。

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