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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第八話【ここではないどこか】

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その01 神学

 |アーティバルの月(12月)も後半に入り、朝は水が氷のように冷たい季節になってきた。

 ニカお姉さま様はあの後数日間、森で『ゴブリン』探しの指揮を取った後に帰ってきた。


「ヨド氏たちは巡礼か行商か、とにかく旅人みたいで、身元はまだ分かっていないわ。『ワタリガラス(レイヴン)』のツテを使って探してくれるって。

 それとアルフさんの強引な勧誘に対する正式な謝罪を貰ったわ。

 今後は時々ガッマさんが御用聞きに来るってさ、チオットは嬉しい? お姉さんは嬉しい」


 ニカお姉さまはガッマさんと仲良くなっていた。だから嬉しいのは分かる。でもなんでチオット??


「は。はい……嬉しい、です!」

「よかった。『ワタリガラス(レイヴン)』の二代目は病気の具合が良くないわね。膝が痛くて歩けないって。

 近い内に初代が戻って、三代目を決めるって言っていたわ」


 チオットがいいならまあいい……え? 初代?


「初代とか二代目とか居るんですか?」

「もうイウノ、こないだ授業でやったでしょ? 『ワタリガラス(レイヴン)』の初代は先代ティカイルクス伯爵に依頼されて『人間以外のヒト』たちをシートランに護送をした方よ。

 ちなみにティカイを守るために残ったのが二代目」


 二十年前にすでに顔役だった『ワタリガラス(レイヴン)』さん、初代も二代目も同年代でお年寄りだろう。


「カルマ・ノーディの六巻で、魔王から街を守るためにカルマと『お姫様』が義勇軍を募るでしょ? 『ワタリガラス(レイヴン)傭兵団』も元々はそんな感じだったみたいよ。

 防衛のための傭兵。いまじゃゴロツキの集まりだけどね」


 冒険商人カルマ・ノーディの六巻は、オールガス帝国では流通していない。

 五巻でカルマに助けられ、片目を譲り受けた上に妻になったと言い張る『お姫様』のせいだろう。


 『お姫様』は『吸血鬼(ヴァンパイア)』。彼らの呼び方をするなら『虚無守り(ヌルガード)』だ。『人間以外のヒト』を差別して排斥する傾向にある帝国において、主人公が『人間以外のヒト』と結婚するなんて許されない。

 そのため、この先の巻を流通させるのは難しいだろう。


 『人間以外のヒト』差別といったら、我らが聖パトリルクス修道院のニューフェイス、ヌーヨドのお世話は当番制になった。

 午前中は私、勉強時間はニカお姉さま、そしてその後はなんとロドゥバである。


 平民への差別発言が多く、『人間以外のヒト』への偏見も強いロドゥバだが、なぜだかヌーヨドには優しい。

 それでも、修道院に慣れてきたヌーヨドのいたずらや好奇心には手を焼いているようだった。


 井戸に落ちそうになるのは毎朝のこと、生卵は投げる、汚れた寝藁はぶちまける、山羊に飛びついて蹴り殺されかける、肥溜めに落ちる、トイレにも落ちる、階段の明り取りの穴に潜り込んでハマる、熱い鍋を素手で掴む、スプーンを作ろうとして包丁で指を削ぐ、戸棚に登って板を割る、エトセトラエトセトラ。


 ヌーヨドでこれなのだから、もっと向こう見ずで思慮の足りない一般ゴブリンだったらどうなっているのだろう。

 一日三回くらい死んでそうだ。


 このレベルのいたずら小僧(小娘?)にはめったに出会わない。少なくとも幼年学校の子供たちはあれで猫を被っているので手加減をしている。

 スグ村に住んでいる時には結構すごい子が居たものだが……そういう子供は、無茶をしすぎて酷い目に合うものだった。


 午後は、時々ロドゥバの悲鳴が聞こえるので、ヌーヨドはいつでも手加減なしの模様だ。


「魔法を習うのはありかもなぁ」

「ィゥノ、マホー使うのヨ? マホーすごい! 痛いのすぐ終わるヨ!」

「ヌーヨドがそれだからだよ……」


 鼻の穴に豆を詰め込んだのは、途中で止められて良かった。魔法でどうにも出来ないしね。


「なンだイウノ、魔法を習いたいのか? いいぜ、じゃあ今日からの授業でまず基礎の神学を始めるさね」


 ヌーヨドのやんちゃが過ぎるため、最近は広間に居ることの多い院長先生が口を挟んだ。これは願ってもない。


「ヌーヨドもエーコもよく知らンだろ。たまにゃ修道院らしく、な」


 なんということでしょう。私は驚きを隠せない。

 聖パトリルクス修道院が実は修道院の皮を被った謎の施設で、普段は信仰に関わることや神学について全く触れていないことはみんな気付いているだろう。


 院長先生曰く、通常の修道院では数学や地理歴史よりも神学や聖典の暗記がメインらしい。

 神学とはなんぞや。偉大なる至高の神と六色の世界龍の神話から、十二柱の大天使と、それぞれに従う六十柱の天使長についての知識だ。


 六色の世界龍については、曜日として呼んでいる程度に身近なので、わざわざ説明するまでもないだろう。


 光の曜日『記憶の大渦 メモルプリカ。

 輝く無数のプリズムの螺旋、記憶や知識を司る。


 風の曜日『島龍 ファンガーロッツ』。

 背中に大陸を乗せた大亀、旅と交流、幸運を司る。


 林の曜日『共生者 シンビウス』。

 七つの山と七つの川と七つの森に跨る七つ頭のうわばみ、自然と生態系、豊作を司る。


 火の曜日『真紅の悪龍 ライフレア』。

 生きた溶岩で形作られたドラゴン、反逆と闘争、勝負事を司る。


 山の曜日『硫黄と真鍮のブラサルファ』。

 合金で覆われた女王蟻めいた多足龍、工業と都市社会を司る。


 陰の曜日『冬を呼ぶもの イスワーン』。

 雪よりも白い白鳥のようなドラゴン、ライフレアの妹、死と芸術、夜を司る。

 

 そしてこの先はよほど詳しい人しか知らない類の知識である。


 私の分かる範囲で噛み砕いて説明すると、まず六色の世界龍には副官として男女の大天使。

 大天使一人につき天使長が五柱。中途半端な数字に見えるけれど、一年は十二ヶ月で大天使の名を冠しており、それぞれの月は三十日で五週間。


 そう、天使長は週を司ってるんだって!


 普通の人修道院や教会では、その週の天使長に合わせてお祈りを変えたりするらしい。でも、我らが院長先生曰く。


「天使の名前より実学だろ?」


 その院長先生が神学を授業するなんて。一体どういう風の吹き回しだろう?


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