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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第七話【スターレッド】

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その09 夢で逢えたら

 その後は、私はヌーヨドに文字を教えて過ごした。


「あら、文字を読めれば自分で本が読めましてよ?」


 というロドゥバの言葉に感化されて、ヌーヨドは読み書きに意欲的だった。

 ヌーヨドはニコニコしながらスプーンを片手にペンの練習である。


 ペンを持つ練習をさせるのに、ペンそのものを持たせては何を汚すか分からない。

 そのため代用品として用意したのがスプーンである。ヌーヨドはそもそもスプーンを気に入っていたため大喜びだ。


 平時ではないため、全体的に緊張感はあるものの自由時間に近い。

 トチェドは分からないが、手紙を置いてきたあとチオットは一緒に図書室に来ていた。


「おばあちゃん先生は居ますか?」

「居ないよ」

「そうですか」


 エーコちゃんは、自由時間におばあちゃん先生に護身術を習っていた。

 私はすでに相撲(レスリング)でも太刀打ち出来ない。


「そういえばエーコちゃん、素朴な疑問なんだけど……弓もあるのに護身術も必要なの?」

「必要ですね」


 答えたエーコちゃんの口元に浮かんだ自嘲的な笑みに、私はぎょっとした。

 そこには、何というか虚無的な、底なしの感情が渦を巻いていた。そしてその根底にあるものが、私には理解できた。


 『戦争の赤い星』だ。


 復讐か、あるいは悔恨か。無力故に失った者が己の非力さに苦しむ顔だ。

 私も、規模は違うが似たような経験をしたからか少しだけ分かる。いつか相手を暴力を持って屈服させたいと願う顔だ。


「エーコちゃんは……戦えるようになったら、行っちゃうの?」

「はい」


 露ほどのためらいもなく、エーコちゃんは静かに答える。

 最初からそれが、それだけが目的だったのだ。想像は出来ていたけれど、エーコちゃんは私とは違う世界の存在だ。


 彼女の心はハインラティアの戦場にある。いつか必ず戻るために、力を求めて回り道をしているだけなのだ。


「本当は、アクリスの魔剣が欲しかったのですよ」

「魔剣?」


 首を傾げる私に、エーコちゃんは少しだけ考え込んだ。


「吟遊詩人の歌には出てくる話なんですが、伝説の暗殺者アクリスは、魔法の剣を持っているんです。

 少女の体の暗殺者が英雄に名を連ねられたのには、一説によるとその魔剣の力があったからだと言われています」


 魔剣。魔法の力の込められた武器。

 英雄譚にはしばしば登場するけれど、それが一体どういうものなのかいまいち分からない。


「凄いものなの?」

「はい。刃渡り30セルト程度のナイフですが、神世紀において束ねた雷光を鍛えて作ったとされています。

 統一皇帝時代の勇者は魔剣を完全に掌握し、雷霆を放ったそうです。


 アクリスにとっては、鉄でも竜鱗でも関係なく貫通して一撃を入れられる武器でした。

 そして、私が求めているのもこの身の非力を補える必殺の刃なのです」


 昨日までの私ならばどんな顔をしただろうか。


「エーコちゃんが戦わなきゃいけないの?」

「私の大事な人は、いまもあそこで戦っているんですよ」


 淋しげに向けられた視線は北へ。ハインラティアの方角へ。


「だから、私が戦える手段を探しているのです。先輩と同じでしょう?」

「そうだね、ごめん。変なことを聞いちゃった」


 私が教師を目指すように、エーコちゃんは戦士を目指しているのだ。


 戦争を司るのは邪神である『戦争の赤い星』だけではない。六色の世界龍『真紅の悪龍 ライフレア』は、反逆と戦いを司る。

 それは悪なるものに立ち向かう勇気であり、支配者の誤りを正すための戦いである。


 私は暴力は嫌いだ。

 だけれど、だからこそ暴力を利用する人も世の中には居るのだろう。そして、暴力に対抗するために守る力が必要となる。


 私は暴力は嫌いだ。

 だからといって、魔物や邪神の眷属は手加減をしてくれる訳では無い。立ち向かわなければ酷い目に合わされるような状況は世界中にありふれている。


「怪我に気を付けてね」

「はい」


 私に言えるのはその程度で、エーコちゃんはツンと澄まして頷いた。

 そして、おばあちゃん先生を探しに出ていった。


「あーあ! でもやっぱり納得行かないかな!」

「イウノんさぁ、教師もいいけどインチョに頼んで聖職の位階上げも考えたら?」


 ひとり地団駄踏んで暴れていると、司書先生がそんな事を言い出した。


「なんでです?」

「神聖言語は癒やしと守りの魔法だかんね、気に入るかもしれないよ」

「へえ……まあ、才能次第ですか」

「まあね〜」


 魔法か。便利だし、人のためにも使える。それもまた有りだろう。

 教師をしながらの隠し芸で持っていてもいいかもしれない。


 ただし、魔法は結局才能と相性だ。どれだけ学んでも上手く使えるかは別問題らしい。


「い、イウノちゃ……あ、あぁ……っ」


 突然、挙動不審のチオットがすがりついて来た。彼女の視線は入口側に釘付けで、その人物が落ち着いた足取りで近付いて来ると、彼女の緊張感は否応もなく高まった。


「チオットさん……イウノさん」

「あぅぅ……」

「ああ、私にはお構いなく」


 その人物、トチェドは緊張した面持ちで手にしていた羊皮紙を差し出した。返信だ、タイミングから見て大急ぎで書いたのだろう。


「お手紙、読みました。その……いきなり怒ってごめんなさい。イウノさんにも迷惑かけてごめんね」

「あ、うう……」

「気にしないで」


 戸惑うトチェドから私が手紙を受取り、チオットに押し付ける。

 怯えるチオットに、トチェドは笑みかける。その表情の優しさに、横の私までドキッとさせられた。


「チオットさん。今夜も夢で逢いましょう」

「は、はいっ!」


 熱烈なラブコールに、私は口元がニヤけるのを隠せなかった。

 これはこれは、聖パトリルクス修道院は今夜も平和ってことですかね!?


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