その08 謝罪
『親愛なるトチェドへ、チオットより。
突然のお手紙をお許しください。
本当は面と向かってお話をして、きちんと謝るのが礼儀だと思います。だけれど、私はおしゃべりが苦手なので、お手紙にしてはどうかとイウノちゃんが提案をしてくれました。』
ここまで書いた所でチオットは私を見上げた。不安そうな目。
私は力付けるように頷く。私がしたのは手紙で伝える提案と、羊皮紙を用意することだけ。書くのはチオットで、私は極力口を出さないつもりだ。
というか、本当は私は内容を見るべきではないと思っていたのだけれど、チオットの捨てられた子犬のような目に耐えられなかった。
「つ、次はどうしよう……?」
「書きたいことは何だったっけ?」
「ごめんね、と……す、すす……と、私の、正体…………」
「よろしい」
あとはそれをチオットの言葉で並べるだけだ。
チオットは喋るのが苦手なだけで何も考えて居ないわけではない。
『まず、トチェドが嫌がっていることに気付かずにごめんなさい。本当にごめんなさい。
私は自分のわがままを押し出して、甘えすぎていました。
出来るものならばもう一度チャンスが欲しいです。良くない所を改めて、もう一度あなたと友達に』
チオットの手が止まる。
「私……私はトチェドに……」
その先は、私には口出しできない。
チオットとトチェドの二人の間の事だからだ。
『友達になりたいです。』
チオットは湿った吐息を吐き出した。憂鬱と期待の混じり合った、切ないため息。
『そのためには、私はあなたに秘密を打ち明け、許しを乞わねばなりません。
軽蔑をされるかもしれません。嫌われたくなくて何も伝えずにいましたが、それはて正しくない態度だと思いました。
私はトチェドが』
再び止まる手。私は少し距離を置いた。
書く姿すら恥ずかしいなら、見るべきではない。というか、居なくていいんじゃないかな? 駄目かな?
『好きなので、私のことを知ってほしいと思っています』
よし、やったな。
『私は人間ではありません。ハインラティアから来た『亜人』です。
『帳の乙女 リムエロ』の眷属『獏』です。一般的には『夢歩き』あるいは『淫魔』と呼ばれています。
私たちは現実世界と同時に、夢の世界にも生きています。
夜の夢においては強い力を持ち、悪夢を払い安らかな夢や良い夢を見せる力があります。
私は力がとても弱く、私のことを強く想って寝た人の夢に現れ、夢の中でその願望を叶える程度のことしか出来ません。
そうです。
こんな事言われたくはないと思いますが、私はトチェドと夢を共有しています。』
筆が乗って来た。チオットは熱くなりやすい。こうなったら任せておいても問題は無さそうだ。
だが、一人にするなという圧も感じる。
『私はトチェドの夢の中で、トチェドの秘密や気持ちを知ってしまいました。
その上で、私はトチェドに求められる事に喜びを感じ、愛おしいとすら思っています』
これ、私見てていいのかな?
いわゆるラブレターだけど。
『あさましい願いではありますが、騙していたことを許して欲しいです。
そして繰り返しになりますが、関係をもう一度作り直して行きたいです。
良くない所は直します。トチェドの側に居たいのです。
長くなってしまいました。』
再び、手が止まる。
私はチオットの背中を撫でた。ちょっとでも、勇気が出せるように。
良い返事がもらえたら嬉しいけれど、そうでない可能性も考えて。
『私と、私の秘密を受け入れられないのであれば、そう伝えてください。
私は誓って、トチェドの秘密を守ります。
そうなってしまったら悲しいけれど、受け入れる覚悟はできています。
私に気を遣って、がまんをしたりしないでください。トチェドはトチェドの心のままに生きてほしいのです。
どんな答えが返ってきても、トチェドの幸せを願っています。
もしも私を受け入れてくれるのならば、また夢に呼んでください。
愛しい人へ、チオットより』
書き終えたチオットが甘く湿った吐息を漏らす。
私は不意に、何故自分がこの場に必要とされていたのかを理解した。シンプルこの上ない理由。そして、なくてはならない存在。
「よし、早速トチェドの部屋のドアに挟みに行こう」
「あ、え、でも……やっばり……」
あれだけノリノリで熱い言葉と感情を筆に乗せておきながら、いざとなったら尻込みするチオット。
彼女らしいといえばらしいのだが、それではここまで書いた手紙と、私が出した羊皮紙代が無駄になる。
私はチオットの襟首を掴み、無理やりトチェドの部屋まで引っ張って行った。




