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その06 イウノの好きなもの

 私、聖パトリルクス修道院の『見習い』イウノの趣味は野草の採集である。

 と言っても、集めること自体は目的ではない。集めた野草の味や香りを楽しむことが最大の目的だ。


 幸運にも私は台所の近くの小部屋を使うことを許可されていて、そこにはたくさんの野草がぶら下げられて乾燥中だ。

 野草の多くは固くて噛み切れない。そこで考えたのが水やお湯で抽出する方法だ。


 採集した野草を干して砕いたり、炒めたりして、水に漬けたりお湯を注いだり煮込んだりして味や香りを出す。

 お茶と呼ぶのもおこがましい手慰みだ。なので私も修道院のみんなも薬湯と呼んでいる。


 ちなみに、野草には毒性のものもあるので、まずは私が毒見している。

 大抵の毒なら一刻以内に具合が悪くなり、院長先生にお願いして治療の魔法をかけてもらうのだ。


 あの後、午前中いっぱい畑仕事や掃除を行い、|狼の刻(正午)の鐘で小休止。

 いわゆるお茶の時間のために用意した水出し薬湯を、中庭のテーブルで皆に配る。


「あ、この香りは当たりのやつだね? 良かったわ。お姉さんこの薬湯の香りも味も大好きよ」

「それは良かったです。どんどん飲んで下さい」


 すうっと爽やかな風味と、かすかな酸味。新しい味を試すとみんな恐る恐るになるのだが、今日は私にそんな気力がなかった。


「あ、その……茶菓子もあります」


 恐る恐ると皿を出したのはチオット。私同様に『見習い』の修道女だ。すご可愛くて綺麗な瞳をしているのだけれど、極度のはにかみ屋でいつもウィンプルを目深に被っている。

 お皿の上には茶色いお団子、先日農家から頂いた穀物を蒸して潰してこねたものだ。ほんのり甘い。


「ら、ランチではありませんの……?」

「あらあらロドゥバったら欠食児童? 昼にまで食事を取るなんて貴族だけですよー?」


 ヘラヘラ笑いながら嘲るヘアルトさん。彼女の朝当番は明日の予定だ。


「こ、こんなに動いたのは、生まれて始めてですわ……ゆっくり休めるかと……」

「水を一杯運んだだけで、他は見てるだけだったけどね」


「そう言ってやるなよイウノ、お嬢様なんてそンなもンさ、イッヒッヒ」


 魔女みたいに笑いながら院長先生。


「仕事はゆっくり覚えてきゃいいさね、バカじゃねェンならやれるはずさ」

「むむ、侮って頂いては困りますわ! ヴェーシア侯爵家の名誉に誓って、わたくしは貴族学校でも上位の成績優秀者でしたのよ! オホホ! オホホホホ!!」


 貴族学校で成績優秀だって? 私はちょっと反省した。実はこっそりほんの少しだけ、ロドゥバがバカだから落第したのではと疑っていた。

 いやはや、人は見かけによらないものだ。


「午後から座学ですよ。そんなに難しいことはやりませんので物足りないかもしれませんけれど」

「平民の学力などたかが知れておりますわ! オホホホホ!!」


 おばあちゃん先生の言葉に、高笑いするロドゥバ。急に元気になったな。

 しかし、本当に成績優秀ならば修道院で教えている基礎の数学なんて子供だましみたいなものだろう。


 お勉強は好きだけれど、お勉強の度にロドゥバが調子に乗るのか。

 それを想像して、私は暗澹たる気持ちになった。





「では、これまでのおさらいも兼ねて簡単な問題から。東西50メルトで南北が30メルトの農地があり、幅1メルトのあぜ道が井型に四本走っています。この農地の面積を求めてください」

「……………………は? もう一度お願いしますわ」


 石の板に石灰石で図を描くおばあちゃん先生。

 簡単過ぎたのか、思考停止している様子のロドゥバとヘアルトさん。


「その、農地は長方形で、あぜ道は水平ですか?」

「練習問題ですので、それで行きますよ〜」


 トチェドの質問に、おばあちゃん先生は鷹揚と頷いた。

 面積の問題は苦手なのよね。私は頭の中で図の形を書き換えた、あぜ道が真ん中にあるから分かりにくいのだ。端に寄せても面積は同じ。つまり48かける28だ。


「あの、1344平方メルトです」

「さすがはチオットちゃんは計算が早いわ。どうですかロドゥバちゃん、ヘアルトちゃん。このレベルで大丈夫ですか〜

?」


 黙り込む二人、不審な顔色に泳ぐ目。おやおや? これはおやおやおや?


「て、手前やお嬢様は農地に関するような問題は少しばかり慣れておりませんので」


 怪しすぎるぞヘアルトさん。ロドゥバのことお嬢様呼びに戻ってるし!


「では、もう少し貴族の方にも親しみの持てる問題にしましょうか……」


 穏やかに小首を傾げて、おばあちゃん先生がむむむと唸る。


「ええと〜、あるお屋敷の日給は職人二人と下男三人で銀貨53枚となります。職人一人と下男四人では銀貨49枚です。では、職人と下男はそれぞれ日給で銀貨を何枚もらっていますか?」


 おばあちゃん先生の言葉を、素早く自分の木板に書き取る私たち三人、ロドゥバとヘアルトさん。いいやもう呼び捨てで。ヘアルトは呆然としたまま。

 職人と下男の日給差は銀貨4枚。つまり下男五人で45枚で一人9枚の職人は13枚!


「あ、答えがわかったら手を上げてくださいね」

「はい!」「あ、はい」


 よーし、今回はチオットに勝ったぞ。拳を握る私に、嬉しそうに微笑みかけてくれるチオット。くそぅ、かわいいな。好き。

 少し遅れてトチェドも手を上げる。計算速度では負けないけど、トチェドがケアレスミスをするのを見たことがない。


 それで、ロドゥバとヘアルトは?

 …………とりあえず、しばらくお勉強の時間は二人に合わせて基礎科の復習になりそうだった。

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