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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第七話【スターレッド】

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その02 仮面

「ぜんっぜん眠れませんでしたわ」

「ボクもです……うう、助けて」


 翌朝、日が昇る前から私たちは起き出していた。


「あらあら、貴族様方は繊細なご様子で。手前も石壁が冷たくであまりよく眠れませんでしたが」


 いびき、歯ぎしりに加えて寝相の悪いヘアルトと、突然夜中に笑いだしたりするヌーヨドにはさまれて、ロドゥバは笑っちゃ悪いがお気の毒だった。

 反対側の三人は比較的静かで、時々トチェドがモゾモゾしたいた程度である。


「今日の当番はヘアルトですの?」

「ロドゥバですよ」

「今日は当番はおやすみって言ってたよ」

「助けて……」


 凝り固まった身体を伸ばしながら起きる私たち三人。幸せそうによだれを垂らして眠るヌーヨドに、ロドゥバが毛布をかけ直す。


「起きますか?」


 寝起きを感じさせない声で、エーコちゃん。いつの間に起きたのやら。


「起きるよ。何か手伝えるならやりたいし」

「わたくしも、もうこんな狭い寝床は懲り懲りですわ」

「たすけて……」


 ちなみにトチェドはチオットの抱き枕になっていた。はだけた脚を腰に絡めて、顔はトチェドの首筋に埋めている。てこでも動かない姿勢。


「助けなくてもよろしくて?」

「寝てる時のチオットは凶暴だからなぁ」


 手足を掴んで引き剥がそうとするも、普段はありえない万力のような力。

 笑いながらエーコちゃんと二人がかりで手足を外すも、立ち上がろうとしたトチェドの腰にむしゃぶりつく。


「だっ、だめッ!」

「代わりを差し出すしかなさそう。ヌーヨドでいいかな?」

「いいんですの……?」


 ヌーヨドを転がしてチオットの隣へ。まったく起きない二人をくっつけて、トチェドを引き起こす。


「た、助かりました……」



 修道院の壁の外にある家畜小屋のお世話はボゥお姉さまに任せて、私とエーコちゃんは水汲みや朝食の準備となった。

 あの後は特別なこともなかったと聞いて、私たちは安心した。


 石をぶつけられて鎖骨と肋骨を折られたアルフは、まだ寝ていないといけないらしいが、生命に別状はなく元気に高いびき。

 それより驚いたのがガッマさんだ。


「クソッ、だから嫌だったンだ」

「もしかしてガッマさん、若い?」


 見た目汚いしダミ声だし、おじさんだとばかり思って居たけれど、汚れを落としてさっぱりしたガッマさんはまだ二十代に見えた。


「顔がガキっぽいからハッタリが効かねェンだよ」

「あらあら? でもお姉さんはサッパリしてて好きよ。汚くて臭いより断然いいわ」


 私もニカお姉さまに賛成だ。ガッマさんは悪い人ではないが、正直言って臭いには閉口していた。


「で、ガッマさんよ、この後はどうすンだい?」

「食い終わったら一度街に戻って俺の依頼主……『自警団』の幹部に応援を頼む。

 『この修道院は『ワタリガラス(レイヴン)』の親分と懇意だ』ッつうのが依頼主の言い分だ」

「そこのアホとは態度が違うね」


 朝ご飯は、寝たきりのアルフに合わせて雑炊だ。例の荷物持ちの子が食べさせてあげている。


「だからこそ、一目置かれたかったンだろうよ。馬鹿が。

 とにかくそのボケナスの失点もある。後は、こちらでやる」

「森の案内とかは必用ないのかい?」


 院長先生の言葉に、ガッマさんは失笑した。


「正直こっちの手勢もチンピラとゴロツキだけで頼りねェ。だからって修道院にいるような女に手を借りるのは気が引ける」

「そうなの?」

「どれだけ腕が立つにしても、血腥(ちなまぐせ)ェ事とはオサラバしたンだろ? 表のも後で処理すっから気にすンな」

「……………………」


 これでこの話はおしまいだった。

 食後、ガッマさんは街に戻った。ふと見ると、ニカお姉さまが不満そうに唇を尖らせていた。


 いつもニコニコ朗らかなニカお姉さま。めったに見ない表情に驚く私に、お姉さまは肩をすくめた。


「好きで居るとは限らないのにね」

「……ニカお姉さまは、修道院がお嫌いなんですか?」


 私の問いに、ニカお姉さま朗らかに笑った。ああ、私は前から思っていたことに確信した。

 ニカお姉さまのこの笑顔は、仮面なのだ。本心を隠すために、朗らかに微笑んでいるのだ。


「好きだよ。お姉さんは聖パトリルクス修道院が大好き……だけどね」


 私の表情から、ニカお姉さまは察したようだった。いつもの笑顔が消え、代わりにびっくりする程野性的な、あるいは攻撃的な笑みが浮かんだ。


「たまには気晴らしも必要じゃないかな? なーんて、お姉さん思っちゃうんだよね」


 それは私の知っている『ニカお姉さま』が絶対に見せない類の顔。

 狼狽する私に、ニカお姉さまはさらに別の顔を見せた。獲物を見つけた猫のような、危険な微笑み。


「そんな顔しないでよイウノ。知らなかった? そもそもニカトール・デウランスは貴族学校で人を殺して修道院に入れられたのよ?」

「え?」


 意地悪く笑うニカお姉さま、その目の奥でチラチラ揺れる暗い炎。

 嘘ではない。直感的にそう感じた。だけれど私はすがるように尋ねた。


「嘘ですよね?」

「嘘よ」


 返ってきたのはいつもの、朗らかな明るい笑み。仮面の表情。

 嘘という言葉が、嘘なのだ。


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