その01 夜を越えて
襲撃のあった夜、ニカお姉さまの指示で私たちは自分の部屋に戻った。
「もう、襲撃は終わったのですわよね?」
「あらあら、お嬢様ったら怖いのですね? 一人で寝れますか? トイレについて行って差し上げましょうか?」
普段は怖くもなんとも無い階段を、七人固まって登る。怖いものは怖いんですー!
「ロドゥバ先輩、ヘアルトさんがトイレに行きたいから付いて来てほしいと仰ってますよ?」
「て、手前はそんな事言っておりませんので!」
恐怖は人の目を曇らせるもの。エーコちゃんの冷静さで、私は目から鱗が落ちた。
ヘアルトの憎まれ口はいつもの通りではない。つい『お嬢様』呼びが出たということは、ロドゥバに媚びているということだった。
「ならお一人でどうぞ」
「お嬢様! そんな殺生な!!」
二人のお陰で気持ちがほぐれる。
眠れるかわからないけど、寝る努力はできそうだ。
「ヌーヨドは部屋がまだないから、私と一緒の部屋ね。エーコちゃんも来る?」
「…………どうしましょう」
全く悩む様子もなく微笑むエーコちゃん。彼女は私の考えを汲んでくれている。そう、この言葉は怖くて一人で寝るのが嫌だけれど、それを言えない奴のためだ。
「どうせならみんなで寝ませんか?」
「いいね、逆に楽しくなりそうかも」
「ぼ、ボクは遠慮したいんですけど」
「だめ……かな? ね?」
「え? ええと、えと……」
裾をちょんと摘むチオットに、トチェドが赤い顔で慌てる。
「ロデュバは?」
「わたくしは貴族ですので。平民と同じ部屋で寝るなんてお断りですわ!」
「いいじゃない、一緒に寝ようよ〜、ロドゥバが居てくれれば心強いのになぁ」
「ふふっ」
私の言葉に、エーコちゃんが失笑する。笑っちゃったらダメでしょ。とか言いつつも、私も笑いを堪えるのに一生懸命だ。
「そ、そこまで言われたら仕方ありませんわ。領民の平穏と安心を守るのも良き貴族の勤めでしてよ!」
「ありがとうロドゥバ」
「ロデュバも一緒で嬉しいヨ!」
しかしながら、こうは言っても問題はどの部屋で寝るかである。
二階には個室が並んでいるものの、どの部屋も同じ作りで同じ狭さだ。二段ベッドが部屋の半分を占める。
一応私は、ベッドの置いていない部屋を知っていた。荷物もない。ここならば全員ぎゅうぎゅうで寝れば入るだろう。
縦横、3メルトなさそう。抱き合わないと寝れないかも。
「本当にここで寝るんですの? 押し合いへし合いではございませんか」
「おれ、ずっとこんな感じだったヨ」
「ボクやっぱり自分の部屋で……」
「なんだか楽しくなって来ない?」
「楽しいですね」
私の馬鹿な言葉に、しかしエーコちゃんはにこやかに応えた。その笑い方が、さっきとは違って本当に楽しそうで私もついつい嬉しくなる。
私とチオットの部屋から持ってきた羊毛布団を床に敷き詰め、各自毛布と枕を持ち寄る。
「おれ、ィゥノとロデュバの間!」
「わたくしは端がいいですわ」
「端っこは寒いヨ?」
「ど、どうすれば……」
「いいから場所決めなよ」
「じゃあ、ボクも端っこで……」
片方の端にトチェド。今更だけど、もしかしたら彼女は男の子かも知れないんだった。悪い事しちゃったかな?
隣は当然のようにチオットを押し込む。他の選択肢はない、赤くなってあわあわするチオットに、私は全部わかってるという顔で微笑んで頷いた。
実はナニも分かってないんだけどね!
「手前はどこでもいいので入れて頂けませんか?」
「え……」「私の隣以外ならどうぞ。イウノ先輩のお隣いいですか?」
普段の行いに物を言われるヘアルト、チオットの隣に滑り込むエーコちゃん。私とヌーヨドが入り、ヌーヨドがロドゥバを引っ張り込む。
「……仕方ありませんわ。ヘアルト、わたくしの隣に寝ることを許します」
「端っこでは有りませんか。壁が冷たいです、皆様の心のよう」
ぴーぴーと文句をいうヘアルト、それをぎゅっと壁に押しやって自分のスペースを確保するロドゥバ。
「ねる場所でケンカしない。なぐり合わない。とても楽しいヨ!」
「……狭いので、くっつくのを許可しますわ」
ロドゥバに抱きつくヌーヨド、そういえば、見た目は爬虫類みたいでひんやりしてそうなんだけど、実際にはヌーヨドは暖かい。その上、ゴツゴツしてそうな肌も突起も柔らかいので、くっついていて不快感はない。
「おやすみなさい。良い夜を」
「……おやすみなさい、その、良い……夢を」
「寝れるかなぁ……」
明かりを消す。暗闇が部屋を包む。
『ゴブリン』の恐怖を、子供みたいに騒いでくっついて和らげて、私たちは眠りにつく。
でもいいよね。私たちはまだ子供なんだから、痩せ我慢も見栄っ張りもいけないとは言わないけど、やりすぎる必要はない。
誰にとか、誰がとかは恥ずかしくて言えないし、自分自身のためでもある。
「ごめんなさい先輩方。私伸びてると寝れないので丸くなりますね」
「どういうこと!?」
「エーコちゃんが……猫みたいに、丸まって……」
体温高めのエーコちゃんが、足元で丸くなる。温かい……足が温まると眠くなる……。
「ずこー……ずこー……」
「ヘアルト、寝るの早すぎる上にいびきがうるさ過ぎや致しませんこと?」
「群れ、もっとうるさかったヨ。静かすぎると寝れないヨ」
「…………ヌーヨド、あなた何歳くらいですの?」
ロドゥバがヌーヨドに囁きかける。私は、聞こえない振りをした。ちょっと興味もあるからだ。
「なんさい?」
「生まれて何年ですの?」
「なんねん?」
これは……ロドゥバが苛立っているのが手に取るように分かる。でも、同時にヌーヨドの気持ちも理解できた。
「ヌーヨド、寒い季節は初めて?」
「…………うん、はじめてヨ」
ロドゥバがこっちを見た気がする。仕方ないじゃない。聞こえてたんだから。
「まだ、生まれて間もない……ほんの子供ということではありませんか……」
「『ゴブリン』は二年で成人だって書いてあったし、やっぱりね」
打ちのめされるロドゥバ、私はヌーヨドの頭を撫でた。その手の上に重ねられる別の手のひら。
一瞬触れて、弾かれたように一度離れるも、再び重ねられた。
貴族らしい柔らかくて繊細なはずの指は、水仕事や野良仕事で、少し固くなっていた。




