表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第六話【イグアナの娘】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/117

その06 着替え

「まったく、当番でもないのにいきなり起こされて朝食を作れとは、貴族に対する礼儀というものがなっておりませんわ! 一体どういうおつもりですの!?」


「ごめーん、ロドゥバ!」

「謝り方に心がこもっておりませんわ!」

「ごめんなさい。やむにやまれぬ事情があったんです」


 厨房に戻ると、よりにもよってロドゥバが私の代わりに朝食の準備をしていた。

 ロドゥバは貴族だ。当然、ここ聖パトリルクス修道院に至るまで料理はおろかお湯を沸かしたことさえなかった。


 そんなロドゥバに料理を教えたのは私だ。


 教えたと言っても、昨晩の余りのスープを温め直して、砕いた乾パンを放り込んでふやかし、溶いた卵を投入するだけの雑炊粥だけである。

 火傷にさえ気をつければロドゥバでもできる。


 昨晩の夕飯は山羊乳とカブのスープだった。卵が少ないので雑炊粥にはチーズでも入れて……。


「ぎえええええ!? なんですの、なんですのその緑色した生き物はッ!!?」


 突然、ロドゥバが淑女にあるまじき悲鳴を上げた。

 振り向くと、ヌーヨドが着いて来ていた。


「あれ?」

「ィゥノについてけ、言われたヨ!」

「しゃしゃしゃ、喋りましたわぁーッ!?」


 私は、二人を見比べた。だがすぐに、院長先生の考えを理解した。

 ヌーヨドは腰にボロ布を巻いただけの半裸だ。すごく寒そう。


「ロドゥバ、こちらは修道院に駆け込んできた『ホブ・ゴブリン』のヌーヨド。

 ヌーヨド、あちらは『見習い』のロドゥバ」

「よろしくヨ!」


「元気な挨拶ですわね、こちらこそよろしくお願いいたしたりなんて出来ませんわ! イウノ、どうしますのそれ!?」


 完全にパニックを起こしているロドゥバ、私はとりあえずウィンプルと襟掛けを外す。

 ヌーヨドの身長は1メルトもない。つまり『ゴブリン』の成人よりも小さい。子供ということだ。


「なんで脱ぎ出してますのよ!?」

「だって寒いでしょ?」

「意味がわかりませんわッ!」

「予備のコップにお湯をちょうだい」


 私は肌着と防寒用のウールの腹巻きを脱いで、ヌーヨドを呼び寄せた。

 ロドゥバは困惑した顔で私とヌーヨドを見つめたまま動かない。いや、動けないのかもしれない。


「ヌーヨド、寒くない?」

「さむいヨ?」


 ヌーヨドの手を取ると、緑の指が青黒く腫れている。しもやけだろう。足も素足だ。


「話し合いよりまず服だったね、ごめんね。とりあえずこれで我慢して。かまどの近くは温かいから、手を温めてね」

「…………?」


 私はヌーヨドに肌着を着せて、腹巻きを巻いた。小さくて痩せっぽち過ぎて、肌着はまるでワンピースだし、腹巻きはブカブカだ。


「…………まだ子供なのですの?」

「だと思う。ありがとうロドゥバ」


 湯気の立つカップを受け取る。ロドゥバを見ると顔を背けていた。そのまま出口へと足を向ける。


「邪魔してごめんね」

「目障りですわ。私の居ないところでやってくださるかしら」


 言い捨てると、厨房を飛び出していくロドゥバ。彼女には平民以上に『人間意外のヒト』への差別意識がある。

 『天冥戦乱』の授業でなにかが変わったかも知れないと考えるのは、私の勝手な思い込みだろう。

 お湯を入れてくれただけでも十分だ。むしろこれから修道院生活で面倒なことが起きるかも知れない。


「あいつ、おれきらいヨ?」

「はじめて見たから戸惑ってるのよ。私だってびっくりしたもん……熱いからフーフーして飲んでね」


 料理は後回しでいい。私はロドゥバが置いていった薬缶から、沸騰したお湯をたらいに移した。

 そして水を差して調整し、手拭いを用意。


「足を洗うよ」

「え? あっつい! いたい!」

「あ、怪我してんじゃない、石入ってるし。化膿しちゃうよ」


 私たちの履物はサンダルか木靴である。どこの村にも職人さんがいるし、予備は持たずにちょっとした補修は自分でする。

 だからヌーヨドの履物にはちょっと困る。足も小さいから靴下もブカブカになりそう。


「おはようごさいま……あ、え? え?」

「あれ? おはようトチェド、珍しいね」


 次に厨房に入ってきたのはトチェドだった。料理や仕事を免除されてる彼女が朝食前に現れるのは珍しい。


「こちらは修道院に駆け込んできた『ホブ・ゴブリン』のヌーヨド。

 ヌーヨド、あちらは『見習い』のトチェド」

「よ、よろしく」「たすけてヨ!」


 足と傷口を洗われて半泣きのヌーヨド、トチェドは困惑しながらも近付いてきた。


「ロドゥバさんが、自分で渡すのは気まずいから代わりに渡して欲しいって言っていたよ」

「…………嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ。『これはボロで捨てるつもりだから厨房のイウノに渡してくださらない』だって」


 ケロリとした顔で、大嘘を吐くトチェド。いや、彼女にはそう聞こえたのだ。

 トチェドが差し出してきたのは、私の使い古しよりもまあずいぶんと生地が厚くて肌触りのいい……新品じゃない?


「うーん、トチェドお料理の続きお願いできる?」

「…………ボク、やったこと無いけどどうすればいい?」


 しまった。しかし、ロドゥバがトチェド以外に頼めなかったのも分かる。

 ヘアルトは面倒くさいしチオットはおねむだしエーコちゃんは小さい。


 私はとりあえず急いで、ヌーヨドの足に履物代わりの手拭いを巻くことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ