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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第六話【イグアナの娘】

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その05 ヌーヨド

「群れの数は十五よりたくさん。森にあったわれ目にいるヨ。奥の方に水とキノコがあるヨ」


 院長先生はヌーヨドを受け入れた。当たり前みたいに容易く。

 現在、家畜小屋でヌーヨドの話を聞いている。メンバーは私と院長先生、『自警団』の三人、そしてニカお姉さまとボゥお姉さまだ。


 なんで私が参加しているかって? ヌーヨドを招き入れた責任があるからだ。


「詳しい数は?」

「そんなの数えないヨ。おれがいなくてもわからないと思うヨ?」


 苛立った様子のアルフに、ヌーヨドはケロリと答える。

 それが一層腹立たしいのか、アルフは拳を握った。


「案内はできるか?」

「できるヨ」

「距離は?」

「キョリ?」


 アルフの質問は無意味なものだった。森の中での距離は、平地に比べて全く意味を持たない。

 森歩きや山歩きは経験と技術の世界だ。


 そもそも平地でも、アルフとヌーヨドでは歩幅が違いすぎる。

 その上、『ゴブリン』に時刻の概念があるかどうかも疑わしい。


「んん〜、空が明るくなりはじめたからわれ目を出た。ここまでまっすぐきたヨ」

「四半刻以内ですね。ヌーヨドの歩く速さ次第かな」


「何も分からないも同然だなッ」

「イウノの足で森まで往復して四半刻。その子がどれだけ森に慣れてるかによるわね。あなたの曖昧な質問に可能な限り答えたのだから、感謝をするべきだと思うけれど?」


 吐き捨てるアルフに、いつもの朗らかさでニカお姉さま。言い方に険がある。お姉さまは大人の男の人が怖くないのかしら。


「それより襲撃時間と人数は分かンのか?」

「五人だヨ」

「なぜ言い切れる?」


 ガッマさんの質問と答えにいちゃもんを付けるアルフ。もう完全に文句を言いたいだけなんじゃないの?


「狩りに出る大人のオスはいつもその五人だヨ」

「襲撃予定時間は?」

「夕方だヨ。暗くなるとオバケが出るから、その前に奪えば追いかけられないヨ」


 私は舌を巻いた。『ゴブリン』も意外と賢いものだ。

 日没後は邪神の眷属の時間だ。出歩くだけで危険が伴う。


 月が半分より大きい現在、夜の魔物はあまり多くはない。多くないが、それでも危険には変わりない。

 『ゴブリン』はそれを利用して羊の強奪を企んでいるということか。


「他に聞きたいことは?」

「ヌーヨドさん、言葉上手いわね。野生の『ゴブリン』は使う単語が少ないものよ。あなたの群れのボスは頭がいいの?」

「ボスもバカだヨ。ちょっと力強いだけ」


 ニカお姉さまの質問に、ヌーヨドは頭を振った。確かに深く考えてなかったけど、ヌーヨドは普通に言葉が通じる。

 難しい単語にはキョトンとすることがあるが、低年齢の子供みたいなものだ。


「それはアタシも気になってた。そもそも『仕事を貰って食い扶持にする』ってェ考え方もおかしい。自分で考えたのかい?」

「ちがうヨ。ヨドが教えてくれたヨ」

「ヨド?」


 院長先生の質問に、ヌーヨドは簡潔に答える。ヨド。短く呼びやすい名前は平民に多い。それとも『ゴブリン』の名前なのだろうか?


「群れにつかまってた人間ヨ。たくさん話した」


 周りを見ると、誰も彼も目付きが険しくなっていた。同じことを考えている。

 私はゆっくり口を開く。


「その人は……?」

「死んだか」

「死んだヨ」


 ガッマさんが被せるように聞く。ヌーヨドは口を結んで答えた。想像していたが、胸の奥に重い石が詰まる。


「おれは、ヨドの何ももらえなかったヨ。だから名前だけはもらった。それまで、おれはただの『ヌー』だったヨ」


 院長先生がため息を付く、ガッマさんが首を振った


「聞いたな? 『ゴブリン』どもは人間を殺してる。案内させてぶっ殺すぞ」

「落ち着けよチンピラ、そりゃダメだ」


 鼻息荒いアルフに、院長先生が言う。すごい目で睨まれるも、どこ吹く風。鷲鼻を撫でて、いつもの魔女笑い。


「ヒヒヒ、修道院の門は全ての女性に開かれてンだよ。うちを頼ってきた女の子に、そんな危険な事ォさせられっかよ」

「は? 何ふざけて……そいつメスかよ?」

「見りゃ分かンだろ」


 見ても分からない……いや、後頭部に鮮やかなオレンジの毛が生えてる。髪が生えるのは女性だと、本に書いてあった。


「ざけんな! 『亜人』だぞ!!」

「ふざけてンのはどっちだ? 神の家たる修道院では誰もが平等。全てのヒトは偉大なる至高の神が作り給うたものだ。助けを求める手を振り払うのは御心に背く行いだぜ?」


 突然、司祭様みたいなことを言い出す院長先生。アルフが牙をむき出しにした犬みたいな顔で睨むも一顧だにしない。


「そいつがウソ吐いてるかもしれねーだろうが!!」

「その可能性は低いわよ。野生の『ゴブリン』が策略を用いるなら、『王』が居ると見て間違いないわ。

 でもそれなら、この子みたいに賢い子を危険な任務に当てるとは考えにくい」


 ニカお姉さまの言葉に納得できないアルフ。あくびを噛み殺しながらガッマさんが手を挙げる。


「ならアルフさん、夕方の襲撃を待とうぜ。マジで襲撃が来たらそいつを信じりゃいい」

「…………確かに、そうかもな」

「なら決まりだ。朝飯食ったら俺は寝るぞ、悪い事ァ言わねェ、応援を呼ぶんだな」

「………………」


 腑に落ちない顔のアルフはともかく、その場は解散になった。

 しまった、朝ご飯の当番だった! 急いで作らなきゃ!


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