その05 初めてのお勤め
聖パトリルクス修道院の朝は早い。
朝一番の鶏が鳴く|鯨の半刻(午前5時)には起き出して、家畜の世話と朝ご飯の準備だ。
家畜小屋を開放して羊や山羊、鶏を放牧、餌やり、水換え、卵の回収。
人間のお世話も必要だから、井戸から水瓶に水を移して、朝ご飯の用意もしなければならない。
しかし、私にはそれ以上に大変な仕事ができていた。
「ロドゥバさん起きて、昨日お伝えした朝のお仕事の時間ですよ、ロドゥバさーん!」
我ながら器用にも小声で叫び、木製のドアをノックする。他の部屋は鍵なんて付いていないのだが、ロドゥバは内側から鍵をかけていた。
一応、各部屋には簡単な錠前もある。ロドゥバは持ってきた荷物に貴重品があるとかなんとかで鍵をかけたがった。
聖パトリルクス修道院内に盗みに入るような人なんていない。と、普段なら憤慨する私も、ニカお姉さまの話もあったし納得した。
ロドゥバも、ヘアルトさんも、よく知らない。どちらもすぐに信用するとかできそうにない。
あ、そういえばトチェドも部屋に鍵をかけている。そうだったそうだった。
トチェドは私と同年代の『見習い』だが、『貴族樣』で、なおかつ家がたくさんの寄付金を出している。
どれ位の寄付金かというと、修道院のお仕事は何もしないし、週に二回の湯浴みのお湯は部屋まで運んでもらえるほどだ。
その上月に一回、普段食べれない珍しいものが食卓に上がり、院長先生が食前の祈りで「偉大なる我らが神様とトチェドに感謝を」とか言っちゃうのだ。
『貴族樣』嫌いの私だが、実はトチェドはあまり嫌いではない。
多分それはトチェドの性格と態度が原因で、彼女は自分が特別扱いであることに引け目を感じていて、こっちが恐縮するぐらいに腰が低いのだ。
トチェドは跡目争いを避けるために修道院に入れられたという噂もある。側室の子供だとかなんとか。貴族の血は流れていても貴族らしい生活をしてこなかったのかもしれない。
なーんて。
「ロドゥバ! 起きてロドゥバ!! ジョンたちが待ってるよ!! 早く!!」
考え事をしながらも私のノックは止まらない。すでにノックというか平手でバンバンドアを叩き、声も大きくなっていた。
「ロドゥバ! 朝の仕事! ねえ! 起きて! ロドゥバ!!」
ちなみにジョンは牧羊犬だ。
「うるしゃい」「うるさい!」「今何時だと思ってンだ」
ロドゥバより早く、他の部屋のドアが次々空いた。うるさくしたくてうるさくしてるわけじゃない私は開き直ってさらにドアを叩く力を込めた。
すると誰かが私の肩を叩く、小さな体にシワだらけの柔和な顔、いつも眠そうだけどいつも以上に眠そう。ちょっとぽっちゃりなおばあちゃん先生だ。
「イウノちゃん、合鍵よ」
「…………そんなものあるんですか?」
「念の為にね。預けますよ」
「ありがとうございます」
昨日のうちに欲しかったです。
…………その後もロドゥバをベッドから引き下ろし、修道服を着せて引っ張り出すのが一仕事だった。
「ロドゥバさん、この袋が鶏のエサです。置き場所はここ、ストックは物置の右の棚。こんなふうに板に撒いて……聞いてる?」
「うるひゃいわね、平民がわたくひに指図するんじゃありませんわ」
家畜小屋の臭いに耐えられず、鼻を抑えて涙目のロドゥバ。説明をしながらでは作業が進まない。私は深くため息を付いた。
「よくもまあ、こんなくひゃい所で大きな息が付けますこと」
「羊も山羊も犬も鶏も臭いのは嫌いよ。だから私たちが掃除してんの!」
汚れた寝藁と糞便を、ショベルとフォークでかき集めて、外にある肥溜めに放り込む。
地面に掘った大穴に蓋をしてあるだけの肥溜めは悪臭が酷く、蓋を開けると目に染みる。
「うぐぇぇえ!?」
「お嬢様にあるまじき悲鳴! 吐くなら肥溜めの中にどうぞ! しっかし臭い! 堆肥屋さん呼んでもらわないと!」
肥溜めの排泄物は、時間をかければ堆肥にすることも可能らしい。
しかし世の中には便利な魔法があるもので、六色の世界龍が一柱『共生者シンビウス』の魔法使いは魔法を使って素早く排泄物を堆肥に変えられる。
ちょっと大きな街には必ず堆肥屋さんが存在する。誰だってトイレは行くからね。
そして街では使わない堆肥を、農業を行う村に売り歩くのだ。身体から臭いが取れないので人気はないが、人に必要とされる仕事である。
「こ、この……このわたくしが……なんで…………」
「次回は自分でやってね!」
修道院に隣接する柵に放たれた山羊と羊と鶏、そして牧羊犬のジョンとジェーン。彼らは適当に草を食み、運動し、昼寝をして日が落ちる前には家畜小屋に戻される。
私は大急ぎで水桶の水を替え、鶏が生んだ卵をバスケットに放り込む。
「次は畑だよ!」
「ま、まだ何かするんですの……?」
「まだまだ序の口なんだけど?」
畑から食べ頃の菜っ葉を見繕い、外葉を何枚か切り取る。その後は水汲みに朝ご飯の準備だ。