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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第五話【残酷な神が支配する】

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その04 犯人

 司書先生の授業で、私たちはぐったり疲れた。

 私の提案で温かい薬湯を飲むことになり、私は一人厨房にいた。心が落ち着くさっぱりした香りのものがいいだろう。


「イーウノ、お姉さんにも淹れてもらえる?」

「もちろんですよニカお姉さま」


 今日はニカお姉さまの当番ではない。ならば、話があるのだ。

 おそらく、はちみつのことで。


「ごめんね、はちみつはまだ戻りそうにない。お姉さん申し訳ない」

「え? あれってニカお姉さまの仕業じゃあなかったんですか?」


 驚く私にニカお姉さまは笑って頭を振った。違うの? では誰が??


「秘密を守れる?」

「秘密なら話さなくていいですよ」

「ボゥはね、ストレスかかると甘いものに走るんだな。だからはちみつの壺は多分ボゥ」


 ボゥお姉さま? 盗み食いなんてするタイプでは無いと思っていたが。


「お酒に酔えればお酒だったのかもね」

「…………エーコちゃんの事ですか?」


 ニカお姉さまは少しだけ迷ってから頷いた。そしていつもの笑みでこう続ける。


「『自警団』の事もというか、リノインの授業もかな。ボゥには辛い話題なのよね」


 それはやっぱり、ボゥお姉さまが『エルフ』だからなのだろうか。

 私は詳しく聞くことができなかった。私は『秘密を守れない』と答えたし、なにより皆の秘密にずかずかと踏み込みたくはないからだ。


「私にできることは何ですか? 何かがあるから話しに来たんですよね」

「イウノ賢い。お姉さん嬉しくなっちゃう……エーコちゃんをボゥに近付けないことと、『天冥戦乱』関係をボゥに言わないことかな」

「分かりました」

「ありがと」


 朗らかなニカお姉さまのカップに煮立った薬湯を注ぎながら、私はふと気になったことを口にした。


「ボゥお姉さまのために干し果物とか買いには行けないんですか?」

「ハインラティアからの避難民がこの辺りまで流れて来てるみたいでね~、治安も流通も良くない状態なのよね。買えないこともないけど、高いでしょうね」




「現在の帝国の政策である『亜人』の排斥は、自警団の暴走を防ぐためと『亜人』自体を守るための二つの理由からなのではないかと思いますわ」

「でもそれだと長い目で見たら問題ですよね? 『人間以外のヒト』と帝国の溝は深まる一方です」


 薬缶とカップを持って広間に戻ると、ロドゥバとトチェドが議論を交わしていた。


「長期的どころか、既に問題は顕在化しておりますわ。ハインラティアからの難民に『亜人』が混じっていた場合、少なくともわたくしのヴェーシア領では受け入れません。

 当時から生きている者は『天冥戦乱』の記憶から差別や暴行を躊躇しないでしょうし」


「あれ? ロドゥバも『人間以外のヒト』容認派になったの?」

「なっておりませんし、怖気が走りますわ。リノイン先生の講義も偽書かもしれないと疑っておりますとも。

 けれども、嘘かもしれないけれども、そういった記録が残っているという事実と、それが試験に出るのならば気分が悪くとも考えることはできますわ」


 心の底から嫌そうにロドゥバ。まあ、そんな所だとは思ったよ。


「ロドゥバは心底差別主義ですからね、エーコさん。近くにいると性格が悪くなりますよ」

「ではチオットさんの隣に移動しましょう」


 ヘアルトの言葉に席を移すエーコちゃん。私は笑いながら彼女の隣に座った。


「次回予告は『天冥戦乱の発端 ラッハ血盟連合国』だったよね、ラッハって知ってる?」


 全員分のカップに薬湯を注ぎながら聞いてみる、しかし歴史が得意なチオットやロドゥバも首を振る。

 その名前も、『天冥戦乱』で焼き払われたのだろう。


「『血盟樹』は、帝国領の東部にある『エルフ』の集落だったはずです」

「エーコちゃん博識」


 彼女が『エルフ』だから、同族の話を知っているのかもしれない。

 だから、それ以上聞くのはやめておく。


「ロドゥバの方では『天冥戦乱』の発端はどう教わってるの?」

「なぜ平民ごときに言わなければなりませんの? 不敬ですわよ」


「チッ、お願いします」

「いま舌を打ちませんでしたこと? まあ、その下げた頭に免じて教えて差し上げてもよろしくってよ」


 舌打ちは品がなかったね、気をつけましょうっと。

 ロドゥバは少しだけ考えて口を開く。


「野心家だった魔王天冥が、反乱分子である『亜人』を寄せ集め、帝国東部で蜂起した。

 反乱はすぐに鎮圧されましたが、魔王天冥は逃げ延び、国中に檄を飛ばして戦火は大陸中に広がったと習いましたわ」


 なるほど、私は頷いた。チオットも考え込んでいる。修道院での教え方とは違う。


「……しゅ、修道院では、隷属を強いられていた……『人間以外のヒト』を見るに見かねた放浪貴族が、彼らの蜂起を支援して……いつしか旗頭になったと、聞いています……」


 途切れ途切れにチオット、長い文章に疲れたのか一息つく。


「檄を飛ばして戦火が広がったのは同じですので、見解の違いなのかもしれませんね」

「見解ですの?」

「貴族学校では『人間以外のヒト』側についた貴族が居たなんて教えたくないし、『人間以外のヒト』をできるだけ悪役にしたいのでしょう」


 トチェドの言葉にロドゥバが唸る。否定の言葉は出ない。

 修道院の教えと貴族学校の教えと、どちらがより正しいのか。あるいはどちらも間違っているのか。


 当時を知る人たちはまだ生きていても、魔王天冥と蜂起したヒトビトはもういない。

 いまの私たちにできるのは、何があったのか、どの情報が真実なのかを考えて、想像するだけ。


 想像して、どうするって?

 どうしたらいいんだろう。実はよくわからない。


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