その03 記録帳
「リノインに何言われたか知ンねェが、アイツらァただのヤクザさね。
『ワタリガラス』の親分も年だな。キナ臭くていけねェ」
『ティカイ自警団』を名乗る連中を追い返した院長先生は、図書室に顔を出してそれだけ伝えていった。
ティカイの街の治安は、ティカイルクス子爵の部下ではなく、『ワタリガラス』の親分というヤクザ者とその部下が守っている。
彼らはいわゆるならず者、無法者であり、法に反する行いもすれば、あくどい商売も密輸も行う。
しかしティカイの街は領主だけでなく役人も腐っている。そうすると犯罪が横行し、貧富の差は大きくなる。
『ワタリガラス(レイヴン)』の親分は流れ者の犯罪者を取り締まり、貧民街の求職者に仕事を与えた。
……が、院長先生によるとその『ワタリガラス(レイヴン)』の親分さんはもう年で、跡目争いで揉めているらしい。
親分さんの手下はいくつもの派閥に分かれて、小競り合いをしたり縄張りを広げたりで忙しいとか。
「さっきの『自警団』はその下っ端の一つさね。神の家たる修道院からみかじめを取ろうたァふてェ連中だぜ」
「え、追い返して平気なんですか?」
「吠え面かいてからじゃァ遅ェってェ、お決まりの捨て台詞を聞いたさね、お上品な連中だ」
大丈夫じゃあない気がする。
院長先生が不安を煽るかのように、魔女みたいに笑いながら図書室を出る。
代わりに入ってきたのはいつもの朗らかな笑みのニカお姉さまだ。
「面倒事はお姉さんたち大人に任せて、子供は勉強するのがお仕事よ。でも、今週の講義は興味があるから、お姉さんも聞いちゃおっかな」
「あいあ〜い、ええと……どこまで話したっけ?」
司書先生の授業は、『天冥戦乱』当時の記録書だった。報告書か日記を紐で縛っただけの簡素な本だ。
その本の著者は貴族の三男で、父親と二人の兄は魔王天冥討伐軍に参加して居るのだという。
魔王天冥。司書先生はその本には名前が書いてあるが、歴史書から抹消されたような名前を知る必要はないからと、その俗称で通した。
著者は一族の領土を守るべく奮闘するが、なかなかうまく行かない。特に治安の悪化と流通の不具合、人手不足に悩まされる。
彼は『人間以外のヒト』を『亜人』とは呼ぶが、「『亜人』の技術と魔法無しに我々の生活は成り立たない」「彼らの権利というものを再考するべき機会だ」などと記しており、案外好感が持てた。
当時のオールガス帝国は『人間以外のヒト』を隷属階級として定めていた。
しかし彼の領土では「『亜人』も偉大なる神が作り給うたヒトの子である」と考えて、比較的優遇していた。
魔王天冥が虐げられる『人間以外のヒト』たちを守るために立ち上がった事についても「言い分は最もだがやり方が間違っている」「『亜人』の立場が悪くなるだけ」とコメントしている。
家長である父と二人の兄が戦地に赴く件についても「我々は親『亜人』派であるが故に、誰よりも勇猛に戦い、身の潔白を示さねばならない」と評していた。
「貴族の風上にも置けませんわ。『亜人』は人間とは違う生き物ですのよ」
著者の考え方をロドゥバは拒絶した。全く理解できないと、おぞましいとさえ口にした。
「ロドゥバさん。彼は『人間以外のヒト』を領民として見ています」
「それがおかしいと言っているのですわ」
「それがおかしくなかったんですよ。ほんの二十年前までは」
「…………」
トチェドの言葉に言葉を失うロドゥバ。今までの常識を否定されて戸惑う顔。
前にトチェドから聞いた話を思い出す。貴族は領民を財産として大切に扱う。この著者も、『人間以外のヒト』を領民として守ろうとしていた。
「大したシステムよね、貴族学校」
ニカお姉さまが、いつもと変わらぬ朗らかさで屈託なく笑う。私はその笑みが急にそら恐ろしく見えてきた。
「貴族の子供に『亜人』排斥思想を徹底させて、その上危険な平民のご機嫌取りまでしちゃうんでしょ?」
「めっ! ニカ、めっ! その話はまだ早いよ〜!」
「あら、ごめんなさいね、お姉さんたらつい」
青ざめるロドゥバ、『平民のご機嫌取り』って何だ? 『貴族様』が? 平民ごときに取り入っているとでも言うのか?
「話を戻すと、彼は治安維持、街道の安全確保、人手不足の解消。三つを同時に解決する素晴らしい手段を思いついたのさ。
それが破滅の道だと考えもせずにね」
司書先生の言葉に、意識を引き戻される。
その先にある答えが何なのか、私たちは知っていた。しかし、何がそんなに悪いのかまでは、まだ理解できていなかった。
「領主代理に治安維持を任じられた自警団は忠実に任務を遂行したんだ。
犯罪者の取り締まりには領民同士の口コミのネットワークが活躍したんだよ。彼らは悪党を次々に捕らえて〜、すぐに留置所はパンクしちゃった」
そこまでは、とても良い結果に聞こえる。そこまでは。
「口コミ、言い換えると密告の推奨だね〜。あいつが怪しい。こいつが泥棒だ。信頼できる人間の言うことだ。悪党はどんどん捕まった。
人手不足の領内に、詳しい検分をする役人は居ない。留置所も溢れてる。そして、領主代理が何を考え何を言おうと、みんなとっくに知っていたのさ。
魔王天冥が、『人間以外のヒト』を率いて暴れまわって居ることを」
背筋が凍りつく。
著者が懸念していた通りの事態が訪れるのだ。
「自警団は怪しい『亜人』を、街道を通る『亜人』を、そして『亜人』に友好的な人間を次々に捕まえちゃった。
さて、この記録の最後は、どうなると思う〜? じゃあ、せっかくだからニカ」
ニカお姉さまは肩をすくめた。朗らかな微笑みは絶やさずに。
「暴走する自警団を止めたくても、領主代理には抑止力がない。両者の思想の違いは決定的。その先にあるのは……反乱でしょ?」
「そんな!」
悲鳴を上げたのはロドゥバだった。
「違うよニカ」
だから司書先生の言葉に、彼女はあからさまに安堵した。可哀想なくらいに。
思想は違えど、領民のために尽力していた記録者に思うところがあったのだろう。
「『明日は自警団の詰め所を訪ねて今後のあり方について相談するつもりだ』ここで記録は終っているよ」
その場で何があったのか、想像したくはなかった。




