その02 自警団
「我々はティカイ街自警団です。最近多発する難民による犯罪や『亜人』の横行を取り締まるために働いております!」
広間から図書室に移動しようと外に出たら、正門側からよく通る声が響いてきた。
「ニカ、丁重にお断りしな!」
「アイアイ、ボス」
「そんなことはおっしゃらずに! 我々は皆様の安全を守り、平和を脅かす『亜人』や山賊を討伐することで……」
追い立てられるように図書室に押し込まれる私たち。
院長先生は冷たい雨に舌打ちしながら正門に向かった。お姉さま方と訪問者は庇の下で押し問答していた。
「あっちは放っといていいよ、ボゥはそこらの正騎士より強いし。でもせっかくだからあたしの授業はあいつらの話からはじめよっか」
「自警団と歴史になんの関係があるんてすの?」
ロドゥバの言葉に司書先生は指を振った。つまり大いに関係があるのだ。私にもよくわからないが。
「まず、自警団てのはなんだい? 順番に聞いていこうか。イウノん」
「街の警備をするためのグループですよね。ええと、領主が組織する衛兵とは別の、民間組織」
「合ってる合ってる」
私は息を吐いた。スグ村にも自警団はあった。主に害獣から畑を守るための組織だ。
夜中に出歩くのは危険が伴う。そのため彼らの仕事は村の境界にある篝火の管理と早朝の見回りだった。
「自警団と衛兵の違いは、チオちゃん」
「え、ええと……普段は、他の仕事をしている……?」
「してるとは限らないね〜、特に今日来たみたいな連中はサ。もう一声をトッチー」
「なら、お金の話ですか? 自警団は、お金をもらっていない」
肩をすくめる司書先生、その唇が三日月のように歪む。
「残念違う。しかし給料制ではないという意味では正しいね〜。エーたん、分かる?」
「合法非合法では? それは同時に彼らの遵法意識とも直結しています」
「それだ〜」
司書先生が机に腰掛けた。外したウィンプルを指先でくるくる回しながら話を続ける。
「自警団と自称する全部の団体がそうだって訳じゃ無いんだけどね、少なくとも今日来た連中は完全に非合法だと思うよ〜」
ひょいと机の上に立つ司書先生。
その指先をロドゥバに向ける。
「さてロディ、貴族として自警団をどう思うか聞いてみたいな」
「まずその、ロディとかいう呼び方はどうにかなりませんの?」
「カワイイでしょ?」
「敬意が感じられませんわ!」
可愛いのは否定しないのか。
司書先生は皆のことを愛称で呼ぶ。拒否は不可能だ。
「…………自警組織が出没するのは正常な治安組織が機能を果たしていないからですわ。
通常の貴族は自前の常備軍を腐らせないために領内の街道警備や治安維持をしておりますの。
自警団などがのさばるのは、戦争などの有事か、あるいは領主が貴族としての義務を果たしていないからに違いありませんわ」
業腹なので口にしないが、ロドゥバの言の後半には諸手を振って賛同する。
この近辺の領主ティカイルクス子爵は贅沢三昧のために税の取り立てが厳しく、平民が貧しさで死ぬことになんの抵抗もないような輩だ。
「素っ晴らしいねカワイイロディ、そうなんだよ。
正常な治安組織が機能しておらず、戦争などの有事に、非合法の組織として動くのさ。
彼らは自らを正当化する過程で遵法意識を失う。しばしば『敵』を排斥する暴力行為に価値を見出す。
ではヘアル子、ここで言う『敵』とは?」
話の雲行きが怪しくなってきた。外から、強くなった雨音が聴こえる。
ヘアルトは一瞬周りを見て、逃げ場がないことに気付き観念したように絞り出す。
「『亜人』でございますね」
「大・正・解!」
カンカカッ!
いつの間にか用意していた材木が鳴る。
授業ではなかったの? もしかしてニカお姉さまはこれを期待していた?
「二十年前。大陸中に広がった『天冥戦乱』という地獄の業火は、いかにして一人の英雄を魔王に変えたのか。
オールガス帝国のみならず、ハインラティアからシートランまでを制圧した最強の軍団は、なぜ壊滅の憂き目に合わねばならなかったのか」
カカカッ!!
「全てはそう、正義の名の下に振るわれた悪夢の大ナタ! 自らを正しいと信じて疑わぬ醜悪な怪物! 吐き気を催す畜生の所業! 暴徒と化した『普通だった人々』に辿り着く!」
カンカンッ!!
軽快な語り口調と角材の拍子、それが物語であれば私も心躍らせ楽しい気持ちで聞けただろう。
だが、これから教わることは事実。歴史と呼ぶにはまだ新しすぎる出来事。
司書先生は知っているのだろうか。
それとも、何も知らずにこの題材を選んだのか。
チオットは『タピルス』で、エーコちゃんは『エルフ』かもしれない。
この場には、被害者と加害者の子供たちが集まっている。
「地獄の蓋を開けた虐殺装置、その名は」
ニカお姉さまは司書先生の語りを期待していたのではないだろう。
これは自分たち全員に関係することだから学ぼうとしたのだ。
そして恐らく、ボゥお姉さまとも。
「自警団」




