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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第五話【残酷な神が支配する】

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その01 歴史の授業

「学力がバラバラの連中に対して可能な限り公平なテスト作成と採点。そんなモン短いスパンで何度もやるのは無理に決まってンだろ?」


 言語学のテスト返却の翌日、お茶の時間に院長先生が笑いながら言い放った。

 聖パトリルクス修道院の冬は特別な事をしない。日々のお勤めとお勉強の繰り返しだ。


 そんな中で、突如現れた刺激的な競争ごと、すなわち学力テストに私たちは夢中になり過ぎていた。

 それがおばあちゃん先生の負担になっていると諭されて、私たちはガッカリする以上に申し訳のない気持ちになった。


「ごめんなさい」

「つー訳で今日からリノインが教師役な」

「へ?」


 珍しくお茶の時間に起きていた司書先生が。ウィンプルも被らぬ寝癖頭を掻きながら声を上げた。


「あたし〜? そりゃ無茶振りってもんだよインチョ」

「アタシらババァは寒くなると古傷が痛むのさね、歴史か古文を一週間教えて、来週の林の曜日にテストしてやンな」


 傷が痛むのは心配だが、それとこれとは関係ない。とは誰も言えなかった。

 現におばあちゃん先生は、今日のお茶に参加していない。


 今朝から降り出した雨は冷たく、気温は一気に下がった。私が用意したちょっぴり辛くて温かい薬湯はみんなに好評で、ロドゥバですら文句を言わずに飲んでいた。


「なんでもいいのん?」

「構わンよ、学問の過半数は実用じゃァねェさね」

「それ言っちゃダメなヤツ〜」


 院長先生に敬語を使わないのは司書先生ぐらいのものだ。

 そして、院長先生もおばあちゃん先生もそれを注意しない。年功序列では司書先生は圧倒的に若いのだが、三人はこの聖パトリルクス修道院の先生として同列という扱いらしい。


「まあ、いいや〜。いま修復してる本が『天冥戦乱』時期だから、その当たりを教えてテストにしちゃうよ?」

「頼んだぜ」

「あ、その講義、お姉さんも受けていいですか?」


 ひょいひょいと手を上げて、ニカお姉さまがアピールした。お姉さまは基本的な学習は済んでいるので、普段は座学に参加しない。


「ちょうど個人的に学びたいと思っていた部分ですので、リノイン先生に教えてもらえると助かっちゃいます」

「いいよ〜ん、テストも受ける?」

「考えておきまーす」


 おや、私は少なからず驚いた。ニカお姉さまが授業を受けたいという所ではなく、その内容についてだ。

 『天冥戦乱』。このオールガス帝国だけでなく大陸中に広がった二十年前の戦争。


 差別を受けていた『人間以外のヒト』と、彼らを率いて世界を敵に回した魔王天冥。

 そこに興味がある?


 …………ボゥお姉さまが『エルフ』なのかもしれないという疑念は、私の中から消えていない。

 そして、だからこそニカお姉さまは『天冥戦乱』を知りたいのかもしれない。


「『天冥戦乱』ならば貴族学校で履修済みですわ! 今度こそ単独首位を勝ち取って、わたくしの有能さを知らしめて差し上げましてよ! オホ」

「あ、貴族学校で教えてる『天冥戦乱』は創作だから」

「………………はい?」


 高笑いを中断するロドゥバ、司書先生は当たり前のようにへらへら笑いながら瓶底眼鏡の位置を直す。


「『人間以外のヒト』が邪悪で外道で恩知らずで、その上とことん無能で阿呆に描かれてて、軍事的資料は全然ないでしょ?

 あれね、人間側がびっくりする程邪悪で外道で恩知らずで、とことん無能で阿呆だったのを隠すため〜」


「え? ええと?」

「まあ、そこら辺の残酷描写は刺激が強すぎるから程々にするけどさ〜。ロディもヘアル子も、教育を信じ過ぎちゃダメだよ〜」


 緊張感の欠片もない言い方で司書先生。それが逆に恐ろしい。

 私やチオット、トチェドは既に、帝国の絶滅戦略が大虐殺を生んだという歴史を学んでいた。


 それが、ほんの二十年前の出来事だとも聞いていた。


 一連の話を聞いて何が一番恐ろしかったか。それは『人間以外のヒト』を虐殺する側が、それが正しいと考えていた。悪い事だと思っていなかったという点である。

 その時、まだ私は生まれていなかった。しかし、私の両親はどうだったのだろう。


 『他の誰かに言われるがままに』差別と排斥をしてしまったのではなかろうか?

 両親だけではない。家族も同前のスグ村のみんな。みんなはその時、どうしていたのだろう。


「すいませーん」


 私は顔を上げた。正門の方から声がしたのだ。見知らぬ男の人の声。

 聖パトリルクス修道院は基本的に男子禁制だ。もちろん子供は入れるし、設備の修理のために職人さんにお願いすることもある。


 しかし、知らない男性が突然訪ねてくるとは、どんな理由だろうか。

 対処するべく立ち上がった私を、ニカお姉さまが手で制した。


「なんの用事か分からないけど、こういうのはお姉さんたちに任せておいて。

 うちの門は常に開かれてるけど、挨拶して入ってこない程度に礼儀は心得てるみたいだし、剣呑なことにはならないと思うわ」


 もしも何かしら問題が起きたとしても、お姉さま二人なら問題はないだろう。


「しかし、そう考えると不用心過ぎはしませんこと?」

「言っても、国境から結構あるからな。ここいらは困窮した難民も山賊も居ないさね」


「国境近くの方が山賊が多いんですか?」

「逃亡兵や武装した難民が、食い詰めて山賊になるんですよ」


 私の問いに答えたのはエーコちゃんだった。北方のハインラティアからの難民である彼女にとって、それは当たり前の知識なのだろう。

 故郷から逃げてきた同国人が、人を襲うなんてことが。


「まあ、魔王の軍勢よりかは、非武装の人間襲う方が楽だわな。ヒヒヒヒ」


 魔女笑いの院長先生。私は嫌な気分でその声を聞いていた。


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