その09 これ以上は進むべきでない
『レンバス』。
六色の世界龍の一頭『共生者 シンビウス』の眷属に『エルフ』という種族がある。
人間よりも背が高くて、芸術的な彫像みたいな筋肉と肉体美を誇る強く美しい種族。
『黄金樹』と呼ばれる巨木を中心に暮らす森の一族で、『黄金樹』の樹液を飲み続ける事で不老長寿を約束されている。
その樹液で作った携帯食の名前が『レンバス』だ。
そこまで調べた所で、私はその本を閉じた。チオットの『タピルス』の事も調べた本だ。
私は、小さく息を吐いた。これでいくつかの謎が解けて、別の謎が生まれた。
だが、私が進むのはここまでだ。
手紙の勉強もしなきゃならないしね。
……………………エーコちゃんは。
あの美しく大人びた少女は、『エルフ』だ。『エルフ』の特徴として尖った耳もあるのだが、ふわふわの髪に隠れた耳は確認できていない。
だが、あの大人顔負けの落ち着き方と雰囲気が『エルフ』だからだと考えれば納得できる。読字も、弓矢も。
きっとエーコちゃんは私よりも年上の、それこそ大人の女なのだろう。
それがなぜ伝説の暗殺者アクリスを探しているのかは……『冬の魔王』のせいなのではなかろうか。
これは、私の勝手な想像なのだが……エーコちゃんの身の上が、魔王によって滅びた故郷の話が事実で、エーコちゃんは立ち向かう力を求めているのかもしれない。
彼女が『大人のエルフ』になるには、どれだけの時間が必要なのだろうか?
人間よりも成長が遅かった場合、いつまでも非力な肉体に苦しむことになるだろう。
……だからアクリスなのだ。
大人の身体を手に入れられなかった伝説の暗殺者。子供の身体でも戦える技術の持ち手。
そして、もしかしたら。
エーコちゃんは『いつまでも子供』のアクリスもまた自分同様に『エルフ』であるかもしれないと考えて。
「んんん? あれ??」
「どうしたの、イウノちゃん」
「いや、ちょっと……ええと、どうしよう」
どうしよう。
思わぬ方向に推理が進んだぞ。手紙の勉強が頭に入らない。
しかし……しかしだ。
ニカお姉さまのはちみつの件が引っかかる。
あれは、ニカお姉さまから私への警告だったのではなかろうか。
いや、警告というか忠告というか、とにかくニカお姉さまの目的は『私が余計なことに首を突っ込まないようにちょっとした問題を出す』だと私は思っている。
だからこそ、これ以上考えるべきではないと思っていた。
ええー?
『エルフ』は背が高くて完成された肉体と筋肉? その上エーコちゃんを『エルフ』だと、いち早く見抜いていたっぽい?
もしかしてもしかして、今までの私の予想が外れていて、ボゥお姉さまが『エルフ』でアクリスだったりするの??? 毒にも詳しいし!
ニカお姉さまもそれに気が付いていて、私に警告したの?
でも、私は別の人がアクリスなのではないかと疑っていて、エーコちゃんをそっちに誘導しちゃってるから……。
どうしよう。
まず一つ目。
ボゥお姉さまはエーコちゃんを避けている。
二つ目。
ニカお姉さまの行動は、ボゥお姉さまの異常を感じ取ったからだと思われる。
三つ目。
全部私の妄想でしかない。
「ごめん、ちょっとおばあちゃん先生に質問に行ってくる!」
「え、うん」
私は図書室を飛び出して広間に向かった。ちょうどエーコちゃんとおばあちゃん先生が出てきた所だ。ナイスタイミング。
「あ、エーコちゃん。気分転換に相撲取らない?」
「は? え?」「あらあら、いいですね〜」
私の藪から棒な提案に、目を白黒させるエーコちゃん。おばあちゃん先生はニコニコと微笑む。
「どっからでも来て!」
「…………はあ、では遠慮なく」
変な提案にムッとした顔で、エーコちゃんが無造作に近寄ってくる。間合いに入ったのでひょいと手を伸ばすと、頭を下げて無駄なくきれいに避けた。
そして私の伸ばした手を掴んで…………はい、足払い。
エーコちゃんが転ぶ前に、手を掴んで止める。
一瞬視界が逆転しかけ、エーコちゃんは瞠目した。こんな地味な田舎娘に転がされるとは思いもしなかったのだろう。
「あらあら、だめですよイウノちゃん」
おばあちゃん先生が間延びした声で止めに入る。
「フェイントの気迫が弱すぎて、捕まえる気が無いのが見え見えですよ〜。
もう少し鋭く、そのまま掴めたら確実に投げる位の気持ちでね〜」
「はい、おばあちゃん先生!」
啞然とするエーコちゃんに、私はこっそりウィンクして手を離す。
「おばあちゃん先生は、女の子でも扱える護身術も教えてくれるよ。体を動かすのが好きなら頼んでみたら?」
「そうですね、先輩」
座った目で頷きながら、私の脇の下をくぐり抜けて背後に回るエーコちゃん。首に絡み付こうとする腕を掴んで、私は一本背負いを決め……ない。
受け身を取れないと危険なので、背負うに留めておんぶの形。
「………………負けました」
「役に立ちそう?」
「はい」
「なら良かった」
いつも眠そうな笑顔で、ちっちゃくてぽっちゃりでゆっくりなおばあちゃん先生。
動きは早くないし足も悪いけど、捕まらないし避けられない、不思議な動きの護身術を教えてくれる。
詳しい年齢は分からない。でも、貴族でノッポの院長先生よりも小さなおばあちゃん先生こそがアクリスであると、私は踏んでいた。
実はボゥお姉さまがアクリスで『エルフ』なのかもしれないけど、でもでも、エーコちゃんが戦う術を求めているのならばおばあちゃん先生が教えてくれる。
これが、私の限界だ。
「よーし、じゃあ私は図書室に戻るね」
「イウノ先輩は何をしに来たんですか?」
少なからずプライドを傷付けられた顔のエーコちゃんに、私は小首を傾げてこう答えた。
「聖パトリルクス修道院は、今日も平和だと確認しに来たのかな」
「なんですか、それは」




