その03 二名様をご案内
「く、屈辱……とんだ屈辱ですわ。こんな固くて重くてチクチクして、美しさのかけらもないような……」
「服がダサくてイモになるからこそ、内面と本人の美しさが際立つのよ」
修道服で隠しても隠しきれない、溢れ出る美しさとエネルギーが輝くニカお姉さまが言うと説得力が違う。
ロドゥバはブツブツともんくを言いながらも、私たちに背を向けて動きを止めた。
「…………」
「………………」
「……………………?」
「どう致しましたの? わたくしに触れることを許可いたしますわ。着替えを手伝いなさい」
「えっ」「あー」
流石は『貴族樣』と言ったところか、ドン引きする私と苦笑いのニカお姉さま。
「まあ、しょうがないわ。イウノ、手伝って」
「えぇ……着替えぐらい自分でやればいいじゃあないですか」
不服な私にニカお姉さまは頭を振る。
「貴族の服は自分で脱げないのよ」
「え、こわ」
改めて近付いて、私は不愉快な気分になった。
首筋から香る花のような香油の匂い、サラサラの金髪、全然日焼けをしていないすべすべの肌。細いウエスト、三つしか違わないのに桁違いの乳房。
何もかもが、私とロドゥバが違う世界の住人であることを主張している。
「全身の至る所に組み紐があって、しかも正しい順番じゃないと外れないから、まあ鎧みたいなもの……鎧も知らないわよね、寄木細工のおもちゃ……も、分からないかな」
「分からないですけど言いたいことはなんとなく」
ニカお姉さまの凄いところは、口が動く以上のペースで手も動くところだ。
私はテキパキと動くニカお姉さまの指示を受けてロドゥバのドレスを脱がせていった。修道服を嫌がるくせに、このドレスもまあずいぶんと締め付けだらけで窮屈そうですこと。
「ニカトールさん、あなたずいぶんと手際がいいのね。どこかで召使いの経験でもお有りかしら?」
「ん? お姉さんは着る側だったからね。イウノ、そこ支えて」
「…………着る側?」
ロドゥバの問いにニカお姉さまは答えない。
ただいつも通りに微笑んで、ロドゥバのドレスを完全に剥ぎ取った。
「少し待てば良かったわね。本職が来たみたいよ」
ニカお姉さまの言葉の直後にノックの音。扉を開けたのはロドゥバのメイドさんだ。鳶色の髪と瞳、猫みたいで愛嬌のある顔立ち。
その後ろからかがみ込んで覗き込むのは、聖パトリルクス修道院のもう一人のお姉さま。
「ボゥ、ありがとう。荷物重かったんじゃない?」
「……………………」
並の男の人よりも大きくて、ドアをくぐるのに頭がぶつかるのっぽのボゥお姉さま。
言葉は通じるのだけれど、話すことができないし、食事の時も顔にかけたヴェールを外さない。
外見的にはものすごい威圧感だが、穏やかで優しい人だ。
「院長に旦那様からの手紙を渡し、事務的な手続きを済ましてまいりました。
お部屋は片付けて置きますので、お嬢様は引き続きどうぞ」
「着替えたら案内と仕事の説明だから、まとめてやった方が手間が省けるな。ご一緒にいかが?」
「では、ご一緒させて頂きます。ヴェーシア家郎党のヘアルト・ルーコと申します。お見知り置きを」
「ニカトールよ」「イウノです」
そう言えば、さっきは聞き流したけれど『郎党』ってなんだろう。ニカお姉さまを盗み見ると、楽しげな青い目がちょうどこっちを向いていた。
「郎党は一族総出で貴族に仕える人たちよ。側仕え、職人、騎士、様々だけれど」
「代々お仕えしている鍛冶屋さんとか料理人とかそういう」
「そういうのです」
話している間に、メイド服から修道服に早着替えを済ませたヘアルトさん。
同じく着替えを終えたロドゥバに対して、一枚の羊皮紙を差し出した。
「旦那様からのお手紙のうち、お嬢様宛のものです」
「…………お父様はなんですって?」
院長先生が読んだのだろう。蝋印は外れていた。私は好奇心を抑えて部屋を出た。プライベートな話だ。野次馬根性で聞いていい話ではない。
本当はすごく聞きたい。
「イウノはいい子よね」
「なんですか急に恥ずかしい」
同様に部屋を出てドアを締めたニカお姉さまに頭を撫でられる。その後ろでボゥお姉さまが頷いていた。
「嫌いだからって弱みを握ったり吹聴したりしないんでしょ?」
「………………まあ」
嘘と卑怯は、『貴族樣』の得意分野だ。だから私は使いたくない。あんな奴らと同じになりたくないからだ。
「ううう…………」
返事に困っていると、がっくりと肩を落としたロドゥバが出てきた。その手には先程の羊皮紙がしっかと握られている。
「退学で婚約者との婚約を破棄された上に、このまま尼になれと言われてしまいましたわ……」
「お嬢様は一時的とか、ほとぼり冷めるまでとか考えてたんですよね。甘い甘い……待てよ、院長の言い分が正しければ、手前もお嬢様も同じく神の子? しかも寄付金無しも同じ?」
ヘアルトさんがニンマリと笑った。嫌な笑いだな。私は見てられなくて顔を背けた。
だって、ロドゥバをかわいそうに思ってしまいそうだから。
「別にもう、メイドとしてアンタもに従う必要はなくなっちゃいましたねェ? ロ・ドゥ・バ?」