その08 クライマックス
「もーイウノ、泣かしちゃって。でも仲良きことは美しきかなってやつね。お姉さん嬉しいな、憧れちゃうな。それじゃあ後はお姉さんに任せて二人で朗読会聞きに行ったら?」
「それは申し訳ないのでさっさと終わらせちゃいます」
それまで黙って食器を洗っていたニカお姉さまが朗らかに笑う。
さっさと片付けて、実はチオットに確認しなきゃならないことがある。
一つはチオット自身のこと、もう一つはエーコちゃんに関わることだ。
「……聖パトリルクス修道院にたどり着いた経緯?」
「修道院そのものはいくつがあるけど、どうしてここに来たのか。ほら、北方からは結構距離があるでしょ?」
片付けを終わらせた私達は、無人の中庭で内緒話をしていた。
オールガス帝国が広い。
帝国は大陸の西側中央部に位置している。北を雪深きハインラティア、南を海洋国家シートラン、西側は海に面していて、東はレッドライン大山脈まで。
地理の授業で地図はなんとなく頭にある。そして帝国横断は徒歩で一ヶ月かかるらしい。
帝国の中でも北寄りの東部に位置する聖パトリルクス修道院は、ハインラティア国境から歩いて十日以上の距離があるだろう。
ではなぜ、聖パトリルクス修道院を選んだのか。
「詩人さんが……」
「詩人さんかぁ」
この話しはこれ以上続かなかった。
ここでいう『詩人さん』は固有名詞だ。年に何回か修道院を訪れる吟遊詩人がいるのである。
若いのか年寄りなのかよく分からない不思議人で、院長先生の昔からの知り合いらしい。
そして、その詩人さん経由なら紹介があっても不思議はない。もしかしたらエーコちゃんも詩人さんにそそのかされたのかも。
あの人ならば変なことを言い出しても不思議ではない。
例えば、伝説の暗殺者が生きていて、修道院で隠居暮らしをしているとか。
「エーコちゃんに聞いてみる」
「私、力になれたかな?」
「もちろん」
胸をなでおろすチオット。
「もう一つ質問あるんだけど」
「何でも聞いて!」
「『夢に見られる』って、なに? 言いたくないなら言わなくてもいいよ」
その後の話が衝撃的過ぎて、追求しそこなっていた言葉だ。
チオットが私に秘密を明かす前に口にしていた。
『タピルス』が何なのかは調べがついていないけれど、夢とかに関わる種族なのだろう。
おとぎ話では、リムエロの眷属は悪い夢を払うとか、エッチな夢を見せるとか……エッチな夢を見せる?
「ええと……その…………」
顔を真っ赤にして口ごもるチオット。
今朝のトチェドの反応を思い出す。あー、はいはい。そういうことなのね。
「おっけー、私にできることはある?」
「寝る前に、私のことを考えながら寝てほしいかな……」
「そしたら、チオットが夢に来てくれるのね?」
「……うん」
これ以上の追求はチオットではなくトチェドの秘密に関わることになるだろう。トチェドはチオットを夢に見るのだ。それはつまり……。
考えるの、やめ!
「うーん、どうしよう……」
「い、イヤだった……?」
悩む私、これは困ったぞ。
「お菓子食べ放題と、一緒に遊びに行く夢とどっちがいいかな?」
「え? ふふっ」
チオットの笑顔は可愛い。
一緒になって笑いながら、二人で広間に向かった。もしかしたら、最後くらいは聞けるかもしれない。
「『さあ、チャンスです。戒めを解いて逃げましょう』姫に優しく囁いて、カルマは魔法の火を灯す。呪縛の茨は次々に燃え、姫の身は冷たい石畳に投げ出された」
カンカン!
角材が打ち鳴らされる、五巻のクライマックスだ。
悪い奴に捕まって、その力を利用されていた吸血鬼の姫。冒険商人カルマ・ノーディは、悪党の隙をついて彼女を開放しようとする。
「『それでなんとする? 今度は貴様が妾を手に入れるのか?』」
姫の血液は、古代遺跡に封じられていた巨大兵器を目覚めさせる。いま、カルマの仲間が、英雄たちが巨大兵器に立ち向かっていた。
覚醒同様に、眠らせるのにも姫の血液が必要となる。
「『美しい姫君を我が物したい気持ちは山々ですが』姫の手を取り接吻一つ」
女の子たちから黄色い悲鳴が上がる。カルマが気障に口説くのはいつもの事。
そして振られるところまでがワンセット。
「『貴女には籠の鳥より自由が似合う』」
カンカカッ!
トチェドのフィドルがムーディに響く。
「『口ではなんとでも言えようが』姫はカルマを振り払い、嘲けり笑い目隠しを外す」
カンカン!
フィドルが止まる、子供たちが息を呑み、ちらりと見るとロドゥバも生唾を飲み込んでいた。
「『なんたること』カルマの嘆きは空虚に響く『貴様ら人間に光を奪われた妾に自由? 笑わせる、全く愉快だ』声に籠もった憎悪の響きが、何よりカルマを傷付けた!」
カンカカンッ!
子供たちの悲鳴が上がる。両目を潰された吸血鬼の姫。カルマはどうするの? お姫様が助けてくれないと仲間たちが死んじゃう!?
不安の囁きの中で、司書先生はしばし沈黙。焦らすだけ焦らして、そしてゆっくり口を開いた。
「『姫君、貴女には憎む権利があります。貴女の怒りは正当です』血を吐くようにカルマが続ける『ですが一つだけ、ただ一つだけ言わせてください』手を取るカルマ、姫の冷たい指先を二つのまなこに触れさせる」
カカッ!
「『悪党外道は無数にいます、けれども人間それだけじゃない。気の良い奴らもいるのです』吸血鬼の魔法は生命の移動。姫の血を兵器の血として動かすように、他者の生命を己の生命に移し替えれる『この目を貴女に差し上げます』」
カンカン!
子供たちの悲鳴が交差する、ロドゥバも悲鳴を上げていた。私は読んでいるので大丈夫、この先を知っている。ドキドキ。
「『…………貴様のような下郎の目などと言いたいが、誇り高き『虚無守り』が捧げ物を受け取らぬ訳にはいくまい』姫の冷たい指先が、カルマの右目に突き刺さる。激しい痛みの中にあっても、カルマは呻きの一つもあげぬ。『む、意外と見れる面ではないか』
私の隣でロドゥバが息を吐いた。先は知っていてもついつい呼吸を止めていたらしい。
「『右目だけで良かったのですか?』『左も奪ったら案内できんではないか、古代兵器を止めたいのであろ?』カルマは頷き、姫の手を取り走り出す。右目の傷など一顧だにせず、仲間を助けに一目散に!」




