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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第三話【マージナル】

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その07 仲直り

 私はとりあえず自由時間で昼寝をしている子供たちの所に戻ることにした。

 図書室から出て厨房を覗きに行ったが、そこにチオットは居なかったのだ。


 チオットに謝罪をしたいという気持ちは強い。しかし見つからないとどうにもならない。

 その上、私は心中で呻いた。その上でなんて謝ればいいのだろう。チオットを傷付けたのは確かだろう。なぜ何を。それを上手く伝えられなければ、謝罪の意味がない。


 頭を捻りながら忍び足で広間に戻る。寝てる子を起こしてはいけない。

 一人で見てみてくれているトチェドにお詫びをして、チオットを探しに行きたい。

 本当にトチェドには申し訳ないんだけど。


「まったく、何をしておりましたの」

「うひっ!?」


 入ってすぐ横にロドゥバが居た。幼年組を見ていたのはトチェドだったのでは……?


「あなたもトチェドも、ご自分の仕事には責任を持ってはいかがですの? これだから平民というものはだらしがないのですわ」


 言い過ぎでは?

 とは思うものの、ロドゥバの嫌味は的確で反論ができず、しかも寝た子を起こさないように小声での叱責だった。


「ごめんなさい」

「わかればよろしくてよ」


 フンと鼻を鳴らすロドゥバ、私は入口を挟んで反対側の壁に私は背中を預けた。

 へアルトを待ち伏せした晩以降、ロドゥバとは話していなかった。そもそも、親しい相手ではない。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙、私が戻った以上、ロドゥバが残っている理由はない。

 何か話があるのだ。ええ、やだな……何言われるんだろう。

 トチェドとチオットはどこだろう。早く探しに行きたい。


「わたくし、こんな屈辱は初めてですわ。正直言って、業腹という他ありませんの。

 けれども、貴族たるもの平民と違い礼節をわきまえておりますの」


 何を言っているのかはよく分からないが、とりあえず馬鹿にされていることは分かった。

 顔をしかめて目を向けると、ロドゥバは私の方を向いていた。まっすぐ。


 鮮やかなブルーの瞳と真正面から見つめ合う形になり、私は不覚にも気圧された。

 それに気付いたのかどうなのか、ロドゥバは構わす言葉を続ける。


「へアルトの件、謝礼を言っておきますわ」


 大上段からそれだけ言い捨てると、ロドゥバは早足に部屋から出ていった。

 私の脳は今の言葉を否認していた。




 …………………………え、ええと、ええと。

 ロドゥバがお礼を言ったの? 平民であるこの私に?


 事態を咀嚼して胃まで落とすと、私はロドゥバの言い方を思い出してクスクス笑った。

 なんだなんだあの言い方は、お礼をするつもり皆無なのではあるまいか?

 しかし、ああ面白い。私は大変遺憾ながらも心中でロドゥバに感謝を述べた。


 態度はともかく、実行は大事だ。私はやはり早急に、チオットに謝らねばならないということだ。

 なんて伝えるかを悩んで足を遠のかせるのは、馬鹿馬鹿しいほど無意味な行為だ。




 午後の授業が終わり、夕飯も終えた。

 五日目の朗読会に、しかし残念ながらチオットの姿はない。


 今日の夕飯は雑穀と豆のチーズリゾットであった。食器洗いが間違いなく大変だ。

 朗読会には後ろ髪引かれるが、それより今はチオットである。


 私は厨房に足を向けた。

 私達の食器は、基本的に木製の器とスプーン、二股フォークである。それ以外の食器が必要になるなら堅焼きパンを使うことが多い。その場合は洗い物が出ないのが強みだ。


 子供たちも自分の食器を持参していた。

 器とスプーンには名前が彫られていて、よそった時に名前を呼んで受け取るシステムだ。

 農民が文字を使う機会は驚くほど少ない。それでも、忘れないためにという意味もあって、修道院では子供たちに自らの手で名前を掘らせていた。


 ま、そこに汚れが溜まっちゃうのが玉に瑕なんだけどね。


 食器は基本的に水かぬるま湯でふやかし、布で吹いて汚れを落とす。

 汚れがひどい場合は灰を擦り付けたりもする。汚れた布はきれいな水で絞ってまた使う、汚れた水は瓶に貯めて畑にまく。


 別にいつもの人数、つまり十人程度なら大した作業でもない。だがやっぱり五十人にもなると大変だ。


「チオットちゃん、手伝うよ」

「イウノちゃん……」


 私の姿を見て安心したように息を吐くチオット。でもそれは、皿洗いで忙しかったからではないだろう。

 私は昨日の夜を思い出し、まずはゆっくりと、一番言わなきゃならないことを口にした。


「ごめんねチオットちゃん。私は信頼を裏切った」

「そんなこと……」


「なんとなく、チオットちゃんに近付きにくかった、チオットちゃんが変わったような気がしちゃってた。

 でも違う。違った。変わったのは私だった」


 『人間以外のヒト』に対する隔意が、私の中にもあったのだ。

 それが私の足を遠ざけた。すぐに話しかけにいかなければならなかったのに。


「チオットちゃんは何も変わらずチオットちゃんのままで、私の友達だったのにね……」

「…………」


 手を止めるチオット、私の態度から何かを感じていたのだろう。そしてきっと、とても傷ついていた。

 私がチオットを裏切ったことで。


「こんな私でも、まだ友達でいてくれる?」

「う、うぇ……」


 ブルブルと震えるチオット。その手から食器がたらいに落ちた。

 じっとチオットの顔を見つめる。青ざめた頬、噛み締めた唇。


 彼女の返事を待つ。失望されたり、拒絶されたりするかもしれない。

 そう考えると怖かった。でも、言わなければならなかった。チオットの友達であるために。


「よかった……よかったイウノちゃんが……わた、私のこと……嫌いに、なったかもって……」


 ボロボロこぼれる涙、胸が痛む。私の想像して以上にチオットは傷付いていた。


「こんな……こんな私で、いいの?」

「逆だよ、チオットちゃんこそ、こんな裏切り者でもいいの?」

「イウノぢゃーん!、」


 抱きついて来るチオットの頭を撫でる、やっぱりチオットはチオットだ。いつも通りの、怖がることなんで何一つ無いのだ。


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