その06 過ち
おやつの時間はあっという間に過ぎ去り、午後の自由時間を利用して、私は図書室に駆け込んでいた。
昼寝する小さい子たちの面倒はトチェドに頼む。彼女なら安心して任せられるし。
そこで考える。
まあ待て。私は何を調べに来た? 私に必要な情報はなんだろう。
一つ目。
ソバ村のエーコちゃんからの質問、伝説の暗殺者アクリスの居場所というか、存在の是非。
二つ目。
ヘアルトが言い出したトチェド男性説。これはどうでもいいし調べようもない。
そして三つ目。
チオットの言っていた『タピルス』のこと。
「おやおやおや〜、イウノん。どうしたんだ〜い? 今忙しいんじゃぁないの〜?」
「司書先生、質問があって来ました」
眠たげな顔で本の山から顔を出す司書先生。
図書室は修道院の中でもしかしたら一番大きな部屋だ。子供たちが雑魚寝をする広間より広い。
壁という壁に本棚があり、それ以外にも複数の書架がある。入り切らない、あるいは無分類の本は床に積まれている。
司書先生はそれらの本を分類し、写本し、ダラダラ読む事で日々を過ごしている。
私には目の眩むような分量の本だ。国庫とかと比較しても自慢できる分量の蔵書らしい。
魔王天冥との戦争で大陸中が戦火に焼かれたとされていて、それ以前の本の多くは焼けてしまったのだという。
焼けてしまったのは本だけではなく、様々な知識や技術も後継されずに消えたと言われている。
そして、消えた中には文化もある。
特に帝国は徹底的に、『人間以外のヒト』の痕跡を消したとされている。
「司書先生、カルマ・ノーディの話は本当のことなんですか?」
「いやいや〜フィクションだよ〜。カルマのモデルは居るけどさ、フツーに嘘八百。
その証拠に、英雄たちの物語にカルマは『居なかった』……前までは」
今は『居る』。それはカルマ人気にあやかった逆輸入ということだ。そして今の話だと英雄譚の英雄たちは『居る』ことになる。
「当時の英雄で生きてる人は居るんですか?」
「そりゃ居るとも、あ〜〜、待ってイウノん。居るけどさ〜『言えない』って許される?」
「語るに落ちてませんか、それ」
司書先生はヘラヘラ笑った。さて、これは困ったぞ。まさかとは思ったが、この反応は『居る』のだ。
しかも多分、物凄く近くに。
エーコちゃんがどのような旅路を経て聖パトリルクス修道院に辿り着いたのかは分からない。
きっとそこには、私には想像もできない何かがある。生きているかも定かではない伝説上の人物を探すなんて。
「うーん、子供たちに聞かれたんですよ。カルマたちはまだ生きてるのかって」
「うん? カルマ『なら』居ないねぇ、カルマのモデルなら今も元気にしてるけどさ」
聞きながら私は危機感を覚えた。司書先生は口が軽すぎる。聞かれなきゃ答えないかもしれないけど、聞いたら何でもペラペラ答えちゃうタイプだ。
このままだと聞くべきでないプライバシーまで侵害する事になっちゃいそう。それは嫌だ。すごく嫌だ。
だが、エーコちゃんにとっては好都合だろう。紹介するべきだろうか。
「もう一つ、『人間以外のヒト』なんですけど」
「『人間以外のヒト』かい? 帝国には居ないけど、帝国の外なら普通に暮らしてるね。
ただ彼らは人間より長生きが多いからな〜、差別や戦争をバッチリ覚えてるから近寄りにくいんだよね」
カルマ・ノーデイの物語には『人間以外のヒト』がしばしば登場する。
彼らについても子供たちが興味を持つのは不思議なことではない
「…………まだ、差別は酷いんですよね?」
「そうだね〜、知ってのとおりさ。そういえばイウノんはどう思ってんのん?」
「私ですか?」
問われて、震えた。
私がどう思うか。そもそも私はなぜ司書先生に尋ねたのか。背筋が冷たくなる。雪崩のように押し寄せる恐怖。
「私が」
「そう、イウノんがは彼らと会いたい? 仲良くしたい〜?」
私は、自分にとって身近でなかったから、ちょっと理解が薄いからと、判断を司書先生に委ねようとしていなかったか?
私は『他のみんながどう思っているか』で、自分の態度を決めようとしていたのだ。
自分と、チオットのことなのに。
………………なんて裏切りだ。
「わわわっ、なになに〜? イウノん泣かないでよ〜、本が濡ちゃうって〜」
私の溢れる感情が抑え切れずに、涙がボロボロこぼれて落ちた。
チオットは私になら裏切られてもいいと言った。でもそれは決して免罪符などではない。
それ程の信用に、信頼に、私は正しく応えねばならないはずだったのだ!
なのに私は何をしていた?
チオットと話をするチャンスはいくらでもあったんじゃないのか? 今だって、まずは探しに走らなきゃならなかった。
チオットが『人間以外のヒト』だと知って、私は距離を感じている。
エーコちゃんがとか、忙しいとか、理由をつけて近付かないでいたのだ。
「ごめんなさい司書先生! それと、ありがとうございました!」
エーコちゃんもトチェドも後回しだ!
私はまず、何よりチオットに謝らなければならない。




