その05 類似
幼年学校も五日目。今日と明日でおしまいである。
「昨日は珍しかったね」
「え?」
「ほら、湯浴みの時間に鉢合わせすることってあまりないから」
朝食の後、私は何気なさを装ってトチェドに話しかけた。
朝食の時から様子を見ていたが、トチェドは明らかに挙動不審だった。目の下に隈を作って、なんだか赤い顔でチラチラとチオットを伺っていた。
私は幼少組にお勉強を教える関係で、当たり前のように話しかけられる。昨日の事も雑談の流れで言えるってもんだ。
「き、昨日は……運動会がありましたから……身体を清めたくて」
「なんだ、言ってくれればよかったのに」
トチェドは多額の寄付金を出している関係で、自室での湯浴みを許されている。
お湯は担当の誰かが彼女の部屋に運ぶのだ。主に力持ちのボゥお姉さまになるけれど。
「皆さん疲れてますでしょうし」
「だったら一緒すればよかったね」
「!!!?」
真っ赤になって口元を覆うトチェド、過剰な反応。
「チオットがさ」
「は、はい」
さらに赤くなるトチェド。リンゴみたいになってしまった。目が泳ぎ、トイレを我慢してるかのように落ち着きがない。
「大きな声出しちゃったことを気にしてたよ」
「あ……」
私の知ってるトチェドは、とても素直で誠実な人間だ。
現に今も血の気が引き、困ったように目を伏せている。感情が顔に出ている。
トチェド自身も謝りたいのだろう。後ろめたいのだろう。
「気にしてないなら、後で話しかけたげてよ」
「…………はい」
またも真っ赤になってもじもじするトチェド。二人は大丈夫そうだ。私は安堵した。
恐らくトチェドも、なにか人には言えない秘密がある。そしてきっと、チオットに見られたと思い込んでの反応だったのだろう。
私はそれを追求する気はまったくない。チオットからは何もなかったし、トチェドの反応からもなさそうだ。
お互い何も見ていないならそれでいいではないか。
男の子がどうとかいうヘアルトの言うことになど、耳を貸す必要はない。
チオットは今は朝食の片付けに忙しそうだし、午後にでも伝えれば不安を解消できるだろう。
私は勝手に納得した。それがチオットをないがしろにしているとは考えなかったし、なんとなく顔を合わせるのは気まずかったのだ。
午前中の算数が終わり、ふと思いついて私はソバ村の子たちに声をかけた。
エーコちゃんのことを知るべきだ。彼女がなぜ伝説の暗殺者アクリスを探しているのか。どこからそんな事を聞きつけたのか、興味がある。
「ねえねえ、エーコちゃんて誰かの親戚?」
「ちがうよ」「エーコは、たいひやさんときたの」「どっかにいきたいとかだって」
子供たちの情報はなんとも曖昧な事が多い。自分の知りたいことと言いたいことしか話してくれないからだ。
しかし、ソバ村の子供たちにとってもエーコちゃんは注目の的のようで、次々に情報が集まってくる。
「まおうからにげてきたの!」「かっこいい服きてた」「さむいとこにすんでたんだって」
堆肥屋さんと来た? どこかに行きたい?
寒い所から逃げてきた?
北の『冬の魔王』から逃げてきた難民なのかもしれない。チオットみたいに。
「親御さんは?」
「ひとりなの」「いないよ」
予想はしていたが、それでもは困惑するしか無い。あんな小さい子が、一人で?
昨晩のチオットの話を思い出す。親とはぐれたのか? だとしたら、なぜ親ではなく伝説の暗殺者なんて探しているの?
「…………そっか、ありがとうね」
「はーい!」「「おやつー!」
子供たちを見送って、私は慄然としながらエーコちゃんのことを考えた。
びっくりするほどチオットに似ている。私が知らないだけで、外ではこういう事はありふれているのかもしれない。
私が聖パトリルクス修道院に入ったのは十歳。それより前から居たチオット。
彼女も、今のエーコちゃんぐらいの年齢の時に一人孤独に帝国をさまよったのだ。
どれだけ寂しく、心細かっただろう。
それは同様にエーコちゃんにも言えることだ。修道院暮らしの私では、親を探してあげることはできない。
しかし、安全な宿を提供すること程度ならできるだろう。
彼女のことを調べるべきだ。そして彼女自身も望むなら、修道院に入れるように院長先生に相談をしなければ。
しかし……なぜアクリスなのだ? 少女暗殺者アクリス。成長の止まった小さな殺し屋。
何十年も前の人物を、なぜ今更になって探すのか。
私は、剣呑な想像しかできなかった。




