その04 『タピルス』
チオット。私の同僚、聖パトリルクス修道院の『見習い』。年齢は二つ上の十五歳。
ふわふわのピンクの髪、雪のように白い肌、宝石みたいにきれいな瞳、とっても可愛い顔立ち。
幼さの残る顔に似合わぬ抜群のボディ。ボンキュボン! セクシーが爆発している。
男の子ならもちろんだけど、女の子でもクラクラしちゃう魅惑の少女。
だけど引っ込み思案でお喋りが苦手で、いつもウィンプルを目深に被ってる。でもでも、私の大切な友達。
「私……ええと、ええと……人間じゃないの」
「じゃあチオットちゃんは何なの?」
私もチオットも混乱していた。チオットは同じことを繰り返していたし、私も言うべきことが違った。
もっと、いうべき言葉があったのに。
下帯を残しているだけの半裸のチオット、身体の各所に紋様が浮き出て、側頭部にはねじれた角がある。
最初の印象は『魔族』であった。物語に出てくる魔王の眷属は、角があって翅や尻尾がある。
同時に多くは青い肌で甲虫のような硬質の部位があるらしい。物語に出てくる『魔族』が、なので本当にそんな姿なのかは分からない。
分からないけど、少なくとも私はチオットに害意が無いのは知っていた。
だから、できるだけなんでもない顔を装った。
「あの、あのね……私は北方のハインラティアから来たんだけど……向こうでも亜人の差別はあるの」
「…………うん」
向こうで『も』。それはオールガス帝国でも差別があることを知っているという意味だ。
修道院で習った『人間以外のヒト』について、私は思い出していた。人間をお作りになったのは偉大なる神様。
対して『人間以外のヒト』は六色の世界龍が作ったとされている。
神様は人間に世界を与え、統治するように命じられた。
その後に六色の世界龍は『人間以外のヒト』を創造し、人間を補佐するように命じたとされている。聖典に書いてある。
二十年前の戦争、大陸全土を燃やした大きな争いは、『全てのヒトの王』あるいは魔王天冥との戦いだったとされている。
魔王天冥の名前は、彼に従った『人間以外のヒト』たち同様に焼き払われて、もはや帝国のどこにも残っていない。
それ以前の帝国はエルフやドワーフ、ゴブリンといった『人間以外のヒト』を『亜人』と呼んで隷属階級として扱っていたらしい。
それが、今現在の『人間以外のヒト』の居ない帝国とどちらが良いのかは分からないけれど、きっとどちらもとても酷いことなのだろう。
少なくとも私は、修道院で歴史の勉強をするまでそんな史実を知らなかったし、『人間以外のヒト』がこの世の中に存在することも知らなかった。
迫害はいまだに帝国全土に根付いている。知識も教養もない農民の娘にとって、ゴブリンもエルフも怪物も同じ。村を脅かしかねない生きた災厄だ。
子供は『亜人が来るぞ』と脅されて育ち、己の子供にも同じことを言うだろう。
帝国は『人間以外のヒト』には住みづらい場所だなのだ。
「私は……『冬の魔王』の避難民に紛れて帝国に来て……だけど、途中で家族ともはぐれちやって、帝国の方が差別も酷くて……」
「それで聖パトリルクス修道院に?」
「うん」
チオットは私よりも修道院暮らしが長い。具体的にいつからなのかは聞いたことがない。
だけど、修道院の外を怖がっているのは知っていた。私が想像できるよりも、ずっとずっと酷い目に合ってきたのだろう。
「私は『タピルス』なの……知ってる?」
「……ごめん、分からないや」
耳馴染みのない単語だった。エルフやドワーフ、ゴブリン、吸血鬼みたいなメジャーな種族ではないのか。
あるいは一部の吸血鬼が自分たちを『虚無守り』と呼ぶようなものかもしれない。
「夜と夢の種族なの……他人の夢に入れるんだけど……」
「え」
「も、もちろん勝手にそんなこと! そ、それに……私は…………落ちこぼれだから、夢歩きは苦手で……」
「あ、別にその!」
私は慌てて手を振って否定した。夢の中を勝手に見られるのはなんだか嫌な気がする。
「他にも、男の人を……その…………」
「あ、うん」
それ以上は言わせなかった。夢や心に関係するならば、二月の大天使『帳の乙女リムエロ』の種族なのだろう。
『リムエロ』は家の守り手だ。家事全般と家内工業、夫婦円満に良き眠りを司る。
その流れで、その……ええと……大きな声では言えないが、愛とか。さらにはエッチな事とかにも関わりが深い。
チオットのとてもセクシーな体付きも、そういう関係の種族だからなのかもしれない。
リムエロの魔法は生活に密着しすぎていて、逆にあまり人気がない。
やぶれた衣類を繕う魔法や、鍋の焦げ付きを落とす魔法、よく眠れる魔法だ。便利だけど、便利だけど……魔法使いにお願いしたいかというと、ちょっとね。
しかし家事関係、眠り関係だけでなく、幻を操るものもあるという。
魔法のドレスを作ったり、部屋や家を綺麗に見せる魔法である。
身体の紋様や角は、その魔法で隠していたのだろう。
「あ!」
「ひゃん!?」
突然大きな声を出した私に、チオットが萎縮する。
「もしかして、トチェドにその紋様見られちゃった?」
「え? ええと…………」
そうであるならばチオットの取り乱し方も納得が行く。
正体がばれたかもしれないという恐怖だ。それはパニックも起こすだろうし、私に正体を明かすのも頷ける。
「…………えと、ええと」
「トチェドの事なら任せて! 明日も授業で一緒だし、それとなく話を聞き出してみるよ。どうとかこうとかなかったら、色々安心できるでしょ?」
「あ、その……あのね……」
チオットが何を言いたいのか、私は最後まで聞かなかった。正確には聞けなかったのだが、ちゃんと聞いておけばよかった。
後に、そう後悔をした。
「チオット? イウノも居るのかな? 消灯時間だよ」
ノックとニカお姉さまの声、私たちは話を切り上げた。いつの間にか四半刻も話し込んでいたのだ。
「へみゅしゅ!」
部屋を出る間際にチオットが可愛くいくしゃみをした。




