その02 裸の付き合い
湯浴みは厨房の隣の部屋で行う。ニカお姉さまの想像では肉を処理する部屋だ。
この部屋には大きな木窓が付いていて、そこを開ければ南向きで日当たりが良く風通しがいい。肉を処理しても臭いが籠もらないし、干すのも向いているからだ。
現在では湯浴み部屋だ。真ん中に沸騰した鍋を置き、思い思いに自分のたらいにお湯を移して使う。
その間は室内は暖かいし湿度も高い。湯浴みが終わったら風を通せばカビの発生も防げる。
私とチオット、ヘアルトは協力して鍋とたらいを用意した。着替えは湿ってしまうので厨房置いていく。今まで着ていた修道服は洗濯だ。がんばれよヘアルト。
それにしても二人共脱ぐとすごい。何がすごいっておっぱいとか腰のくびれとかだ。寸胴の私とは大違いで羨ましいばかりですよ!
チオットは幻想的な桃色の髪に赤い目、肌は雪みたいに白い。その上とっても可愛い顔立ちにスタイル抜群のギャップ。
北方の出身らしいと聞いたことはある。妖精みたいにかわいい。
ヘアルトを美人と呼ぶかどうかは意見の分かれる所だろうが、少なくとも私みたいな芋くさいそばかす娘とは違って洗練されている。
眉毛とか整えてるし、修道院だからしていないだけできっとお化粧も上手いのだろう。
「はー、せっかくの若さと身体がこの修道院で朽ち果てていくとは。手の届く所に若い男の子が居るといいますのに」
「ヘアルトはいい加減にしよう」
「へーい」
懲りないというか、へアルトは本性を隠すのをやめた。正直言って対応に困るのでそういう話題は勘弁して欲しい。
これについてはチオットも同様の様子で、何かを想像したのか耳からつま先まで真っ赤になっている。
「『貴族様』は毎日湯浴みしてるの?」
「毎日どころか、人によっては日に何度もですね。ちなみにいやらしい理由じゃあございませんよ」
いやらしい理由ってなんだとは思ったものの、聞いてしまっては負けな気がする。
「人に会う前に身体を清めて香油をつけるとか?」
「よくお分かりですね」
「まあまあ、贅沢ですこと」
私とヘアルトが雑談している間に、チオットはそそくさと湯浴みを終わらせた。
手拭いをぎゅっと絞って体に残った水分を拭き取り頭に巻くと、目礼をしてドアに向かう。
下着も修道服も調理場だ。
ちなみに『貴族様』はしっかりと下着を付けるようだが、我々庶民はそうでもない。
そもそも、絹は当然ながら木綿も十分に高いのだ。生理中でもなければ夏場は下帯を付けない人の方が多いくらいだ。
下帯は男女兼用で、細長い布の端に紐が二本ついたものが一般的だ。
なお、胸の大きい人たちは揺れて邪魔だから胸帯が必需品らしい。私は必要ないから出費が浮いて助かるなー!
「あ、ごめ……ごめんなさい!」
「きゃっ、ウソッ!?」
ドア側から甲高い悲鳴と謝罪、タイミング悪く厨房に訪れたトチェドと、全裸のチオットが鉢合わせしたのだ。
女の子同士でも、突然遭遇したらびっくりもするだろう。
しかし、チオットったら色っぽい悲鳴ですこと。
「かわいい悲鳴ですね……最悪女の子でも」
「ヘアルト」
釘を差しながらも内心冷や汗、よもや同じ感想とは。
「あ、あの、本当にごめんなさい!」
「ひ、イヤ、出てって!」
それにしてもチオットの拒絶反応がすごい。こんなに大きな声を出すのは初めてだ。
他の女の子相手にはあんなではない。トチェドとは裸の付き合いがないからだろうか。
そうトチェドは『貴族様』であり、なおかつ親御さんが多くの寄付金を出している。
お陰でお仕事は免除されているし、湯浴みも自室で行っている。
慌てて飛び出していくトチェド。
こっちも、あんなに素早い動きは初めて見た。
キョトンとする私とヘアルト。真っ赤になってしゃがみ込み、小刻みに震えているチオット、息が荒い。
「ほう、これは何やら」
「また変なこと言うの?」
「いえいえ別に、なにやら二人には秘密があるのではないかと思いまして」
私は大きくため息をついた。それが『変なこと』なのだ。
「あのねヘアルト。誰だって秘密はあるよ。それをわざわざほじくり出すのは良くない」
「手前の秘密は調べましたのに?」
「あなたが変な動きをしなきゃ調べませんでしたー」
肩をすくめるヘアルト。それは、まあ私にも人並みの好奇心はある。知りたい事は多い。
だが、ヘアルトは勘違いしているけれど、私はヘアルトが具体的に何をしたのか全く知らない。先生方に聞けば教えてくれるだろうが、聞いていない。
私の中で、それは良くないと思うからだ。
誰だって他人にされては嫌なことはしないだろう?
「好奇心旺盛なこと、噂話に尾ひれをつけること、主人の目を盗むこと。良いメイドの条件ですよ?」
「逆では?」
「噂好きが有能なのは本当です。そして余計な想像力をふくらませることも……例えば、実はトチェドさんが男の子だったら、面白いとは思いませんか?」
私は髪をぎゅっと絞って、手拭いで頭に巻き付けた。そして軽蔑の眼差しでヘアルトを見つめてみる。
「それはもはや妄想の類じゃない?」
「ですよねー」
私は素知らぬ顔を作り、厨房に戻りながら考える。
トチェドが男の子? 私は彼の裸を見たことがない。下着姿すら見ていない。そしてもしも、チオットがトチェドが男だと知っていたら? あの極端な反応はおかしくない。
馬鹿馬鹿しいと一笑に付しながらも、その考えは魚の小骨みたいに喉奥に残り続けた。




