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その02 貴族学校の追放者

「噂によるとこの聖パトリルクス修道院は昔は砦だったらしいわ。二階建ての石造り、出入り口は正門と裏門だけ、歩哨の歩ける塁壁、見張り塔。


 まあ、見張り塔は今や鐘楼で、累壁は鳥の巣ばかり。

 壁の外に家畜小屋や畑があるから、砦としての機能は皆無なのだけどね」


 私たち三人は、まずは二階にある個室に向かっていた。ニカお姉さまの朗らかなおしゃべりに、ロドゥバはまるで興味がないという顔。


「帝国は今でこそ平和だけれど、二十年前まではそこかしこで戦争だ内乱だ魔王だと大変だったらしいじゃない?

 修道院はティカイの街から近過ぎて戦略的価値が無いように見えるけれど、どうしてだと思う?」


「知りませんわ」

「街が前より大きくなったからですか?」


 にべもないロドゥバ、不機嫌極まりないといった様子でむくれている。

 『貴族樣』のご機嫌取りは私の仕事ではない。無視してニカお姉さまに答える。


「いいねイウノ、私もそう思う。それと同時に、砦の目的が伝達なのかもしれないと考えてるわ」

「伝達? 厩とかありませんけど」


 家畜小屋は外だ。山羊と羊と鶏を飼っている。家畜のお世話は私たちの仕事であり、後でロドゥバも案内しなければならない。

 正門も裏門も中庭に通じていて、中庭からは厨房や集会所に繋がっている。


「厩だった場所は今は物置よ、入口が大きくて中が広い。天井も高いからね。裏門からすぐに入れるけど、他の場所にはつながっていない。しかも隣にトイレがある。臭う場所はまとめたいじゃない? それに、馬だけでなくて同様の砦と狼煙でやり取りしていたとかもあり得るわよね。狼煙を上げて観測するための詰め所だったのかもしれない」

「ああ、上に物置がありますしね」


 二階への階段は見張り台及びその対角線上の建物にあった。

 昼間でも暗い階段を登る。明かり取りの穴は小さく、通気性も悪いため、階段は朝晩以外あまり使わない。


「こんなに暗いのにランタンの一つもないのかしら?」

「誰も通らないからね。夜は付けるわよ」


 二階には個室が十部屋以上並んでいる。半分以上同じ作りで、二段組のベッドと机、チェスト二つで一杯の大きさだ。

 先月までは部屋は埋まっていたのだけれど、今はガラガラ。私たちは相部屋せずに個室を楽しんでいた。


「メイドさんと同室にするの? それとも隣? 人が増えたら相部屋にすればいいわよね」

「相部屋……? 候爵令嬢である、このわたくしが?」


 信じられないといった表情のロドゥバ。本当に何なのだという気持ちと同時に少しだけ疑問が湧いてくる。


「ロドゥバは貴族学校にいたのよね」

「様をつけなさい。不愉快だわ」


 言葉が通じないのかな?


「ロドゥバさんは学校に行く前に修道院でお行儀見習いをしなかったんですか?」

「…………わたくしが、不衛生で不自由な修道院なんぞに行く理由がございまして?」

「そんなの知ったこっちゃないけど、流行なんでしょ?」


 『貴族樣』は十二歳から六年間を貴族学校とかいう全寮制の教育施設で過ごすものらしい。

 教養やエチケット、帝王学に経営、軍学とお偉方に必要な学問を詰め込むために。


 院長先生によれば、貴族令嬢は貴族学校前の一年間を修道院で過ごし、お行儀見習いと清貧を学ぶのがステータスらしい。

 そしてその後、修道院で気に入った子を側仕えとして召し上げるのだ。


 まあ、農家の娘や孤児にとっては、華やかな世界に飛び込める唯一のチャンス、『貴族樣』から見れば忠義に厚くて使い捨てても懐の痛まないしもべをゲット。

 お互い承知の上ならばお好きにどうぞと言ったところだ。


「下賤な平民には分からないとは思いますけれど、わたくしのヴェーシア候爵家は名家ですので、メイドの家柄にもこだわりがありますの。

 分家の子女や郎党に、幼い頃から然るべき教育を行い、一流のメイドを育てておりますのよ。それが、どこの馬の骨ともしれない平民と暮らし、あまつさえ召し上げる? 冗談も休み休みにしてくださいまし」


「信念があるのはいいと思いますが……やっぱりなんでもないです」

「なんですの、歯切れの悪い!」


 流行に流されないって凄いと褒めてしまう所だった。危ない危ない。


「とりあえず部屋はメイドさんと相談して決めたらいいわ。どこも同じ作りで狭いから、どこでもいいなら階段の近くだとここかなあ」


 いつの間にか離れていたニカお姉さまが、黒い布の塊を抱えて戻ってきた。


「はい、修道服。寸法が合わなかったら自分で調節してね。肌着と下着と靴下は自分のがあるわよね。これから寒くなるからももひきもあるわよ。毛糸の腹巻きも。ももひきと腹巻きはうちの羊ちゃんたちから取った羊毛だから、とっても暖かいのよ」

「…………よもや」


 ごわごわで分厚い修道服を二枚渡されて、ロドゥバは驚きに目を見開いていた。

 信じられない、表情がそう語る。


「わたくしにこの、ぼろ布を身にまとえというのではありませんわよね?」

「ん? ロドゥバさんは今日から修道女だから、当然着てもらうわよ。その綺麗な金髪もきちんとウィンプルで隠してね」


 愕然と呻くしかないロドゥバ。

 さっきから不思議なのだけれど、もしかしてこの子は、ご自分が学校を追い出されて修道院に放り込まれたと理解をしてらっしゃらない??

 


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