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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第三話【マージナル】

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その01 伝説の暗殺者

 |イニアンの月(11月)も後半に入った。秋風が冷たい季節、我らが聖パトリルクス修道院は子供たちの笑い声が響いていた。

 日が暮れて暖かい食事を取った後、子供たちの寝所である広間で朗読会が始まる。


 今日で四日目。冒険商人カルマ・ノーティは山賊を退治し、ドラゴンと交渉し、ゴブリンの村を開放し、そして今度はエルフと巨人のいさかいを止めた。

 カルマの旅には当時の英雄たちが数多く登場する。吟遊詩人の勲に出てくるようなビッグネームだ。


 聖騎士トリスタン・バトリオット。暗殺者アクリス。簒奪者アベル・ノーマル。剣舞家バロード・ティール。英雄領主リディオ。黒剣のジン。父殺しのミハエル。

 英雄たちと知り合い、問題を解決するか、あるいはその手伝いをするのがカルマだ。彼は戦わずに事件を平和的に終わらせる努力をする。


 こちら、聖パトリルクス修道院のいさかいは、私の提案したテストシステムで平和的に解決しそうだ。


 昨日の文章題はソバ村のエーコちゃんが一番を取り、今日の運動会ではチョイ村のビーンくんが大活躍だった。

 ケンカばかりのシーナちゃんとディーノくんは、常に二番手三番手に甘んじており、今ではむしろ協力して勝利をもぎ取ろうと頑張っている。


「ねえ、イウノさん」


 朗読会が終わった所でエーコちゃんが話しかけてきた。ふわふわの銀色の髪、大人びた雰囲気、どこか思い詰めた表情で。


「アクリスが今どこに居るか知ってますか?」

「アクリス?」


 アクリス、小説の登場人物だ。吟遊詩人の英雄譚に出てくることもある、どちらかと言うと脇役の少女暗殺者。

 戦争孤児であり、身長が伸びずに大人になった。殺し屋に生存術を教わり、悪徳貴族殺しを生業にしていたとされる。


 カルマは一度、悪党に騙された彼女に狙われる。だが不測の事態で行動をともにした結果、アクリスはカルマを殺すべき悪党ではないと判断するのだ。

 その、アクリスの居場所? 英雄譚の登場人物の?


「…………カルマの冒険は1020年代。今が1071年だから、生きていたら六十代くらいだ。そっか、生きてるかもしれないのか」


 英雄の死は、有名か不明かどちらかだ。


 簒奪者アベルは親友の聖騎士トリスタンに討ち取られる。そのトリスタンはその後行方不明になる。

 アクリスは簒奪者アベルの手先として働いたとされているが、それからどうなったのかは物語で語られない。


 でも、歴史の授業を思い出す。簒奪者アベルは『神聖ホリィクラウン法国』を解体した男だ。

 彼は大陸中の国家に影を落とす腐敗した神聖国家を簒奪し、世界を征服しようとしたとされている。


 しかし野望は聖騎士トリスタンによって打ち砕かれる。そして腐敗したシステムが白昼に晒され、教会は権力を失い現在の『聖冠教会』に生まれ変わるのだ。

 …………もしも、その中でアクリスが生存していたなら。想像したらドキドキしてきた。


 先日院長先生が話していたことを思い出す。修道院は女の人の逃げ込む場所。

 簒奪者の手先だった女が、生き残るために修道院に逃げ込んでも不思議はないかも。


「…………うーん、考えたこともなかったなあ」

「そうですか、ありがとうございます」


 私からは欲しい情報が得られないと考えたのか、礼儀正しく頭を下げるエーコちゃん。

 私はにこやかに手を振り別れた。


 …………さて。


 気になるのは二点。

 ひとつ、なぜエーコちゃんは伝説の暗殺者を探しているのか。

 もうひとつは、なぜ私が知っているかもなんて思ったのか。


 前者は分からないけど、間違いなく剣呑な理由だ。前回の、夏の幼年学校には居なかった子。

 恐らくは難民か、親戚を頼ってきたか。


 後者は? たぶんターゲットが私ではない。私が誰かに相談することを狙っている。


 子供たちが気軽に近付けない、ふたりきりになるのが難しい。院長先生か司書先生かな?


「ん〜、どうしよう」


 エーコちゃんが危険な事をするつもりなら、止めるべきだ。

 でも、私の好奇心は物語に出てくる英雄の今現在に興味津々だ。 

 あの魔女みたいな院長先生なら、なにか知っていてもおかしくはない。というか絶対知っているという変な信頼感がある。


「イウノちゃん、行かないの?」


 チオットに話しかけられて私は想像の世界から現実に戻った。

 引っ込み思案だけどとっても可愛いチオット。今日は私たち二人とヘアルトが『湯浴み』の曜日だった。


 『湯浴み』といっても沸かしたお湯と手拭いで身体を拭くことだ。髪もお湯で洗うが、乾かすのが大変なので汚れの少ない時はあまり洗わない。冬場は特に風邪も引きやすいしね。

 『貴族様』によっては沸かしたお湯を貯めてそこに入ったりするらしいけど、熱くないのかな? 身体が煮えそう。


 運動会のあと、子供たち全員をきれいにするのは大変だった。泥だらけの子ばかりで、明日は洗濯地獄が待っている。


 喜ばしいことは、私は子供たちのお勉強があるので洗濯地獄に落ちるのはへアルトだけというところだ。

 罰当番でもある。ぜひがんばってもらいたい。


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