その09 事の顛末
「院長先生わかりましたよ、一昨日言っていた意味。『爆発させる』ってこういうことだったんですね。
不満がためる前に適度にガス抜きをしておいて、危険を前もって排除する」
「違ェけど、まあいいか」
お縄になったヘアルトは、今月いっぱいの罰当番を約束させられた。
貴族学校と家を追い出されたヘアルトだ。これ以上の流刑先は存在しない。
つまり、聖パトリルクス修道院はどん詰まりの吹き溜まりという事になる。
正直言って遺憾ではあるが。
罰掃除に他にも、もう同様の事案は起こさないと念を押されていた。
ついでに子供を使ってロドゥバに嫌がらせをするのも禁止してもらった。すでに撒いた悪い噂も撤回してもらう。
これに懲りて少しは変わってくれると助かるのだけれど。
「うわあ、ごめんなさいイウノ、お姉さんが目を光らせておくって言っておいて、忙しさにかまけてダメダメだった。これはお姉さん失格、穴があったら入りたい」
恐縮しっぱなしのニカお姉さまには困らされた。厨房と教師役でてんてこ舞いなのは知っている。
だから相談もできなかった。そして恐らくヘアルトも、ニカお姉さまが忙殺されている今がチャンスだと考えたに違いない。
なだめるのに苦労したが、いつも完璧なお姉さまだ。たまにはこういうのもいいんじゃなかろうか。
ロドゥバはヘアルトが何をしたかを口にしないが、先生方はロドゥバのお父さんからの手紙でヘアルトの『悪癖』を知っているのだろう。
それは多分不純異性交遊とかそういったもので、ヘアルトはビーンくんを不良の道に誘おうとしていたのだ。
やだやだ、フケツ。
共同戦線を張った私とロドゥバであるが、お互いの関係に変化はない。
私は相変わらず高慢ちきな『貴族様』が嫌いだし、ロドゥバは平民を下に見ている。
以上が、ヘアルト関係の顛末だ。
そしてもう一つの問題、シーナちゃんとディーノくんのいさかいについて、私の提案が採用された。
「おやつを食べながら聞いてほしいんだけど、昨日も一昨日もソコ村の子とフキン村の子でケンカがありました。
でも、それってよくないよね? ケンカして、誰が幸せになるの? 何かいいことある?」
中庭で、今日のおやつの甘い香りの薬湯と堅焼き薄パンを齧る子供たち。
私からの突然の演説にざわめきが走る。その中には困惑と、それ以上に不平不満が透けて見える。
そりゃそうだろう。上から突然押さえつけられていい気持ちになるはずがない。
だから私は『貴族様』が嫌いなんだ。奴らはいつもそうだから。
「いいことはあるでしょ。相手に勝って嬉しいよね? 自分が優秀だって証明したいよね? もっと褒めてほしいもんね。
でも、ケンカはダメ。暴力は神様が許しません」
昨日の夜、暴力でヘアルトを屈伏させた私がよく言うもんだ。私はちょっと楽しくなってきた。睡眠不足のせいかな?
「いま、おばあちゃん先生が年長組のためにすごく難しい数学の文章題のテストを作ってくれてます。
今日から毎日、テストで一番の子が一番偉い……みんなお勉強に来てるんだし、このルールに文句ある子はいる?」
「はい」
意外なことに、手を上げたのはソバ村のエーコちゃんだった。銀色の髪の大人びた女の子。お勉強は得意そうだけど。
「体を動かすのが得意な子は、どうすればいいんですか?」
「じゃあ、明日の午後の授業は運動会にすりゃいいさね」
子供たちに混じって薬湯を飲んでいた院長先生が魔女の笑みで答えた。
「一番偉いといいことあるのー?」
「先生方に褒めてもらえる。年下の子に尊敬される。他には余ったおやつを貰えるとかはあっていいと思うけど……」
私は質問に答えながら、自分の分の薄パンを四つに割った。
私の村、スグ村の子は小さい子ばかりでこういうルールでは勝ち目がない。
「本当に偉い人ってのは、小さい子に譲ってあげれると思うんだよね」
「名誉が一番の報酬という事ですわね」
全く興味の内容な顔で、ツンと澄ましてロドゥバが呟く。
「朗読会で一番前に座れるのもどうてしょうか」
トチェドの言葉に、子供たちがどよめいた。部屋は広くないし、声はみんなに届くけれど、やっぱり前がいいみたい。
「エーコちゃん、他になにか質問ある?」
「いいえ、いい提案だと思いますよ」
「よーし、シーナ。今度こそギャフンと言わせてやるからな!」
「そのセリフ、リボンを巻いてお返しするわ!」
一番の懸念だったシーナちゃんとディーノくんも乗り気の様だ。
これで問題がまるっと解決……するとは限らないけれど。
でもまあ、聖パトリルクス修道院は今日も平和に過ぎそうだ。




