その07 尻尾を掴め
トチェドの話は、トチェドの想像であり真実であるとは限らない。
そもそもあのロドゥバの選民意識高い系言動から考えて、崇高な使命とか抱いているとか考えづらいし。
そう自分を騙して、私は午前中の授業を終えた。今日はおやつに、私が頼んだ砂糖を使った焼き菓子が出てくる。
砂糖の入った甘いお菓子は子供たちだけではなく修道院の全員分あった。本当ならば甘さに感動できただろうが、今日はなんだか気もそぞろ。甘さに集中できずに食べてしまった。
午後の休憩時間、小さい子は広間で昼寝をし、それ以外のほとんどは外を走り回って遊びまくる。
外遊びに道具はいらない、オニごっこや徒競走、花冠作りや動物観察で時間は過ぎる。
私は年少組のお勉強を見た流れで寝かしつけを行い、途中にトイレや別の理由で目覚めた子の対処をするためお留守番だ。
しかし、抜かりはない。トチェドにお願いして、例の子供たちがロドゥバに接触しないかを見張ってもらうことにしたのだ。
「またシーナさんとディーノさんが揉めて大騒ぎでした」
「またか……困っちゃうな」
ロドゥバの事もあるが、それも頭の痛い問題だ。ああいう子供は上から押さえつけても反抗するばかり。
ディーノくんがシーナちゃんを好きなのか嫌いなのかは知らないが、いらないちょっかいを出してケンカになるのはやめていただきたい。
「三人はロドゥバさんには近付かなかったんですが……」
「ヘアルトと接触した?」
「よく分かりましたね!」
私はため息を付いた。簡単な推理だ。あまりにも簡単で、推理と呼ぶのもおこがましい。
子供たちはロドゥバが手をあげる程のことをした。ならばそれは何だろうか。
ロドゥバが口を噤むなら、誰を庇っているのか。
ヘアルトが得意の嫌味を子供に吹き込んで言わせたのだろう。中でも逆鱗に触れるような言葉があるに違いない。
そしてそれはどんなバカでも、ヘアルトからの入れ知恵だと気付くような言葉なのだ。
「イウノさん、ボクはああいうのは子供たちの教育に悪いと思います」
「ふふっ」
真剣な顔のトチェドに、私は思わず吹き出した。
「ヘアルトがムカつくからロドゥバを助けましょ」
「はい!」
これで本音と建前も完璧に揃った。
次に必要なのは作戦だ。
「次に動くなら朗読会ですかね」
「夕飯かもしれないわ、とりあえず私は子供たちを見てるから、ヘアルトに目を配ってもらってもいい?」
「任せてください」
トチェドは貴族であることを除けば本当に頼りになる相棒だ。でも時々、主張の少なさが心配になる。
「トチェド、なんだか巻き込んでごめんね」
「イウノさん一人の問題じゃありませんから。でも気になるんなら、今度あの薬湯を入れてください。甘い香りの」
「ありがと」
夕飯は寸胴いっぱいの野菜スープだ、なんと肉饅頭まで付いてきた。
コマ肉と根菜、香草を混ぜ込んだものを小麦の生地で包んで蒸し焼きにしたものだ。みんな大好き。
もちろん大喜びの子供たち、不機嫌そうなロドゥバを一瞥し、私は例の三人に目を向ける。あの三人はフキン村だ。初日にディーノくんと一緒に藁で遊び回ってトチェドにイジワルしていたいたずらっ子だ。
ヘアルトめ、性格は悪くても目の付け所は悪くない。
しかし、ヘアルトは彼らの方には見向きもしない。にこやかに配膳しながら他の子供たちと談笑している。
もしかして、さらに他の子供まで巻き込むつもりか? すべての村の子供に目の敵にされたら、あのロドゥバと言えどもひとたまりもないだろう。
食事は騒がしく、周囲は混雑している。私はヘアルトが何を言っているが盗み聞きするべく密かに近付いた。
しかし、ヘアルトは女の子ではなく男の子ばかりに愛想が良い。男の子の方が乱暴だからかな? でもいじめが陰湿なのは女の子だ。私なら女の子を焚き付けて村八分にするんだけど。
「じゃあ……夜に……」
ヘアルトがチョイ村のビーンくんに囁く声が、私にははっきり聞き取れた。十歳にしては身体の大きなビーンくん、目をキラキラさせてヘアルトに頷く。
なんだ? 夜? 素知らぬ顔で配膳を続けるヘアルトが離れた所で、私はビーンくんに話しかける。
「なんかニヤニヤして、いいことでもあった?」
「え、いや……別に」
「ふーん」
明らかに怪しい。なんだか危険な匂いがする。
私は他の子にも話しかけ、勉強が難しくないか、困っていることはないかを聞きながら歩く。
しかし、脳内はヘアルトの事でいっぱいだった。
何かを企んでいる。では何を?
「何か困ってる事はある?」
「別に、平民には関係ありませんわ。向こうに行ってくださるかしら」
つい、相手を見ないで話しかけてしまった。ツンとした顔でそっぽを向くロドゥバ。
許しの心、許しの心。
「ロドゥバ」
「………………」
こちらを見もせずに無視を決めこむロドゥバ。こういう奴だ。だからいちいち苛立っても仕方ない。
「朝は乱暴してごめんね」
「…………ッ」
目が合う、やっぱり私はこの『貴族様』が嫌いだ。でも、作り笑顔を向けるくらいはできる。
「…………別に、謝る必要はありませんわ」




