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聖パトリルクス修道院は今日も平和!  作者: 運果 尽ク乃
第二話【11月の幼年学校】

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その06 貴族なんて

 怒りの収まらない私は怒りに任せて水を汲みまくり、一通り終わった後で正気に戻った。

 私としたことが何たる失態、水汲みなんてロドゥバに、あの威張りんぼの『貴族樣』に任せておけばよかったのに!


 ロドゥバが答えないならば、さっきの三人組の男の子に聞けばいいのだ。しかしどう聞く? 彼らだって嘘を吐くかだんまりを決めこむくらいしそうなものだ。

 まず誰かに相談をするべきだろう。そうすると先生方かニカお姉さまだ。


 ちょうど調理場ではニカお姉さまが大量の朝ご飯と格闘中だが、大忙しの中に問題を持ち込むのは気が引ける。

 そして先生方に相談しては大事になりかねない。子供たちに聞こう。私は昨日の院長先生の言葉を思い出して苦く笑った。


 『国家間調停官』だ。ロドゥバと子供たちのことで調停が必要になるとは思いもよらなかったけど。


「話しかけたらいきなり怒り出したんだよ」

「やぎが見たいって言っただけなのに」

「ねー」


 目を合わせない子供たち。すでに口裏を合わせていた。叱りつけて口を割らせてもいいが、そんな事をしてはこの後の学習に響きそう。


「ロドゥバはお仕事慣れてないからね、急に話しかけられて混乱したのかもね」


 とりあえずそんな適当な言葉でお茶を濁す。

 様子を見るとする。次があるなら先生に報告するしかない。


 目を光らせながらの朝ご飯、ロドゥバは露骨に私から目を背ける。別にあんな奴どうでもいい。私はこの勉強会を成功させる義務がある。


「イウノさん、何かありましたか?」

「え?」


 尋ねてきたのは、意外なことにトチェドだった。いや、意外は失礼か。

 トチェドは慎重で頭が良い。一緒に年少組を見るのだ。異変があったら対処するのは当たり前だ。


「うーん……朝にちょっとあってね、ロドゥバが子供を叩こうとしてるのを止めたんだけど、どっちに聞いても理由を言わなくてさ」


 私はロドゥバが嫌いだ。だから自然とロドゥバに不利なような言い方になってしまう。

 嫌いだが、嫌いだからって一方的に悪いと決めつけてはいけない。善悪と好悪は分けなければならい。ニカお姉さまからも院長先生からも教わった大事なことだ。


「ロドゥバさんが? あんな貴族の鑑みたいな方が手をあげたんですか?」

「え? なにそれ……平手を振りかぶってて、止めなかったら叩いてたと思うけど」


 貴族の鑑? 今まで積み上げてきたトチェドへの好感度が急降下する。トチェドはあんなのがいいと本気で言っているのか?


「誤解をしないでください。その……ロドゥバさんはとても、とってもプライドが高いですよね」

「まあ、プライドだけは一人前よね」


「彼女には『貴族としてこうあらなければならない』という確固としたビジョンがあると思うのです」

「ビジョン?」


 『貴族とはなんなのか』。私にとっては『平民から搾取するひどい連中』でしかない。

 もちろん、例外はある。トチェドや司書先生は例外だ。そして恐らく、ニカお姉さまも院長先生も貴族出身だ。


 私の貴族像が、私と家族を苛んだティカイルクス子爵であることは否めない。偏見であることも認めよう。

 だからって嫌悪と憎しみは消えるものではない。私は『貴族様』が大嫌いだ。


「院長先生と違って、ボクは説明が苦手なんですけど……聞いてもらえますか?」

「…………うん。教えてトチェド」


 トチェドは安堵したように頷いた。彼女の声は彼女のフィドル同様に低めで穏やかで安らぐ響きだ。


「ロドゥバさんは貴族と平民は身分以上に『役割』が違うと考えています。

 これは、ボクみたいに平民同然の暮らしをしていた貴族には理解が難しいことなんですけれど、平民をなんていうか…『財産』みたいに見ているんです」

「続けて」


 私の顔を見て、トチェドが戸惑う。すでに拒絶反応が顔に出たのだ。


「ええと、でも自分の財産ではないんです。王様の財産で、貴族は平民を借りているから、大事に扱わないといけないんです」

「…………農民が土地を借りてるから税を払わなきゃいけないのに似てるのね」


 農民は地主から土地を借りている。地主は農民から税を集める。領主たる貴族は地主から税を集める。で、その上にいるのが王様っていう入れ子の形と理解できた。

 でも、地主は農民を大事にしない。それはよく知っていた。


「納得の行かない顔をしていますけれど、本当の貴族にとって一番必要な仕事は『責任を取ること』なんです」

「もごもご」


 口を開けば反論しか出ないので、私は口を手で覆う。


「貴族は平民から吸い上げた税収で生きている代わりに、平民により良い生活をもたらすべく努力しなければならないし、飢饉や疫病、災害時には平民を守るために私財を投じなければならないのです」

「嘘でしょ?」

「本当は、ですよ」


 それが口だけだと私は知っている。だから信じられない。


「だからなんじゃないでしょうか」

「何が?」


 トチェドの論理展開に追い付けずに、私は周回遅れになっていた。

 平民の責任を取らなければならないから? だから何?


 私の脳は導き出された答えを拒否して、別の道に逃げ込もうとした。

 あのロドゥバが、子供にを叩こうとした事を悔やんで、全部自分が悪いからで済ますためにだんまりを決め込んでいるだなんて。想像力できても信じたくなかったのだ。

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