その04 進路
私たちは全員でティカイルクス子爵邸を目指した。ワイワイと賑やかに、足取り軽く。
「もしかして、みんな知ってやがンのか? ったく、口が軽いぞニカぁ!」
「あら? 秘密にする必要ないとお姉さんは思うけどな。タデルだって、教えたから時間を空けてくれたじゃない」
「そりゃまあ。なァ……」
ブツブツと文句を口にしながらも、ガッマさんの口元は緩んでいる。チオットと一緒出来るのが嬉しいのだろう。
「生まれはトークと聞きましたが」
「ああ、ハインラティアの北の方だな。こないだまでカーツ=マイレン戦の最前線だったらしいじゃねェか」
「私もハインラティア出身でして、近々帰ろうかと思っています」
エーコちゃんの言葉に、ガッマさんの吊り上がった目が三日月のように意地悪く細まる。いや、そう見えるだけで多分本人は優しく微笑んでいる。
「そりゃめでてェな! 良かったぜ!」
「帰られないのですか?」
「俺にゃ家族はチオットしかいねェし、そのチオットも修道院暮らしが合ってるからな」
チオットは、男の人を怖がる傾向にある。子供はいいんだけど、大人は特に。
街を歩いていても、できるだけ知らない男の人とは距離を置くし、店員が女の人じゃないと買い物もできない。
「うふふふふ〜」
「そこの気味の悪い笑い方してる女は置いておいて、『自警団』の居心地も悪くねェ」
ガッマさんが近くに居てくれるなら、トチェドも安心だろう。でも、だからと言ってチオットとお付き合いしていますとは言い出せないか。
修道院に入ってるはずの妹に彼氏が出来てたらどんな顔するだろうか。
「ルシビル様にお目通り願いますわ」
「ああ、聞いていますよ。少々お待ちください」
二人いた門衛の片方が、奥に連絡に行った。この感じだと、クッキーは中でゆっくりではなくみんなで食べ歩きだな。
「皆さん、こんにちわ! 良い『来訪祭』日和で…………ええと、そちらは?」
「………………………………」
満面の笑みを浮かべて門から出てきたルシビルくん、表情が固まる。視線の先にはボゥお姉さまだ。
まあ、ニメルトの身長と、顔にかけたベールの威圧感は計り知れない。アネゴさんには失礼だが、見た目の怖さではボゥお姉さまに軍配が上がるだろう。
「ボゥお姉さまです。私、ハインラティアに帰ることにしましたので、お世話になったお姉さまをお祭りにお誘いしました」
「な、なるほど……」
「ボゥは喋れないけど気は優しくて力持ちよ。並の護衛より強いのも高得点ね」
ニカお姉さまの言葉に、門衛さんがむっとするも、しかしボゥお姉さまをチラチラ見て難しい顔。
門衛さんたちが弱そうという事ではない。頭半分大きい相手に、文句を付けづらいのだ。
「ルシビル様、昨日の話なのですが……一つ確認しなければならないことがあります」
「ああ、トチェドさん。…………どうしたんですかその格好は。ええと、お似合いですけれど」
「ご存知だったかもしれませんが、ボクは男です」
男装のトチェドの宣言に、再び硬直するルシビルくん。
困惑、衝撃、何かが壊れ、複雑怪奇な感情の渦。
冗談で言ってたけど、ルシビルくんがトチェドをお嫁さん候補として見ていたらどうしよう。
ティカイルクスがタガサットと仲良くしている以上、縁者と結婚しようとするのは当たり前だろう。
本気度はともかくとして、ルシビルくんが抜け目なくその気だったとしてもおかしくは…………ルシビルくんに限ってはなさそうかな。
「大丈夫でしょうか?」
「あ、はい! 大丈夫ですよ? むしろ男性の方が側に置きやすいというものです。ええ! 本当に!」
少し焦ったようにルシビルくん。事情を聞いている私たちはともかく、ベタくんが不思議そうに首を傾げる。
「トチェドは、ルシビル……様? の配下になるのか?」
「様はいりません。来年、私は貴族学校に行くので、同世代の相談役が欲しかったのです」
「郎党とかは居ないのか?」
「残念ながら、みんな年上でして……それに、私が欲しいのは平民側の視点を持つ助言者なんです。
私が貴族でも臆さずに意見を言える、それこそ、ベタさんのように」
ガッマさんが口笛を吹いた。
ルシビルくんたらベタくんまでお誘いするの? これにはちょっと驚きだ。
「ああ、親御さんに聞く必要もあるでしょうし、ベタさん本人が嫌ならば強要したい訳でもありません」
「いや……親はいねーからいいんだけど、さ。でも、なんで俺なんだ? 俺は育ちも悪いし、頭も悪いぜ」
「頭は悪くないでしょう。育ちに関しては言った通りです。でも、なによりベタさんには周りを見る目があります」
ルシビルくんくんの言葉に、私はうんうんと頷いた。ぼんやりしているエーコちゃんを気遣い、ロドゥバによって悪くなった空気を良くしようとおどけたり。
「孤児だからよ、大人に殴られねーように、顔色見ることばっかり上手いんだよ」
「私の苦手なことですよ」
ベタくんが失笑した。
豆パンの時を思い出したのだろう。買ってあげるつもりがないのに奢らされたし、その後のお礼についても空気を読んでいなかった。
「口を出してもよろしいかしら?」
「どうぞ」
ロドゥバがルシビルくんに一礼して、ベタくんの目を見て口を開く。
「是非行くべきですわ」
「なんでだよ」
「わたくし、貴族出身ですので貧民街に何が足りないのかも、どうすれば良いのかも分かりません」
ベタくんが胡乱な目をロドゥバに向けた。それで、だからどうしたのだと。
「俺だって分からねえよ」
「だから学校に行くべきですわ。お互いに分からない所を見つけ出し、解決策を考える能力を、学校で学べるのです」
「…………」
まったく、ロドゥバは馬鹿だな。
私は難しい顔のベタくんの肩を笑いながら叩いた。
「難しいこと考えなくてさ、ついて行くだけでお金がもらえて色々学べて、女の子にモテて大人になっても仕事に困らないよ!」
「イウノさんってさぁ……」
ベタくんは苦笑いし、何か言いかけて頭を振った。
「俺も、やっぱりルシビル様って呼ぶよ」




