きのうのブランコ
昼と夜とのはざかいに、時を忘れたジャングルジム。剥げた塗装を斜陽が埋めて、流れ出す思い出をせき止めようとする。風が砂埃を舞い上がらせることも少なくなった。遊ぶ子供もいなくなった。年々減りつづける人々。
あなたがこの幼稚園に通っていた頃には、近くにいくらでも子供たちがいた。性善説が骨身に染み込んでいた時代、誰でもここの庭に入って、そう遠くなかったきのうを訪ねることができていたはずなのに。
小学校に入ってもしばらくはここへ来て、先生たちと話をしたり、その時の園児たちと遊ぶこともあった。きのうとあしたは、たしかにつながっていた。
渡り廊下の端を歩く時、わずかに開いた戸の隙間から漂う油粘土の匂い。散っては引き直す石灰のライン。園のすぐそばの広い芝生には未だ開発の波は及ばず、太陽と草とが、風の通り道をあきらかにしていた。
淡い青の空は、遠く広く、雲は自由なロールシャッハテストの結果を示す。高いように思えたジャングルジムはさほどでもなく、縮んだきのうの丈を見つめる。
もう幼稚園児ではなくなってから、ここで会った、同じクラスだったあの子。名前も顔も思い出せない。少し離れたところからバスで通っていたはずの子。次いつ来るの、ときいて、再来週会えたら会おうと言った。
あなたはその日、幼稚園に行かなかった。あの子は来たかどうか知らない。
それきり、あなたはここを訪れなくなった。
ブランコで風を切って揺れる時、空がつかめそうだったのに。
あと少しで飛べそうだったのに。
ブランコは頂上でぐるぐる巻きにされて、今では誰もそれを使うことができない。