表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

ユリーカ様の命日が近づいてきたらしいです


 現元帥閣下は我らがハウル公国内に存在する不穏分子を粛清するために本国へ一旦帰り、現場における最高の指揮命令権を持つ者はユリーカ様になってしまった。そして、このタイミングを見計らったかのように、レムナント王国解放軍による王都奪還作戦が開始されてしまうのが本来の歴史だ。


 ユリーカ様の指揮命令を最強の将軍は無視し、独断で軍を組織しレムナント王国解放軍に対して迎撃に当たろうとする。そこで業を煮やしたユリーカ様は一部の私兵を率いて王都と王城を唯一繫ぐ道である大橋に偶々通りがかかった所で、辺境武家貴族率いる少数精鋭の奇襲部隊と遭遇して討ち死にする。


 つまり、数日後にはユリーカ様は死ぬのだ。


 そして、大橋は敵が持ち込んだ未知の大規模破壊魔法兵器によって粉々に爆破され、王城と王都が切り離されたことによって王城を守る兵の大半が動けなくなる。その後、敵は王都を囲んでいる主力と背後の大橋側から現れた精鋭が同時に王都の守備隊を挟撃するのだ。


 前後から攻撃を受ける事で守備隊はなすすべもなく壊滅し、城内の兵士達も補給線を断たれてしまうことによって窮地に陥り、兵糧攻めを受けてあっけなく降伏することになる。そして、民衆には犠牲を出さずに王都を奪還するという鮮やかな手並みを見せた辺境武家貴族はレムナント王国の英雄として称えられることになるのだ。


 それが、私の知る本来の歴史だ。


「くっ……将軍め、私の命令に逆らって勝手に軍を動かして……」


 最強の将軍は辺境武家貴族と相対するまでは"常勝無敗"とうたわれる程の武勇を誇る。我が国ハウル公国でもその実力と実績は高く評価されており、民衆や兵士達からの信頼も厚い。元は戦災孤児であったにもかからわず、将軍という地位に付けてしまった傑物なのだ。


 一方、軍を率いた経験の浅いユリーカ様に軍を任せても従う兵は極少数だ。全体をまとめるためにも、また合理的に王都を防衛するためにも将軍が指揮をするのは正しく合理的なのだ。本来は。


 だが、その将軍の予想を遥かに超えて辺境武家貴族が上手だった。それまでの歴史上一度も使用されたこともない秘匿されてきた新兵器をここで投入してくるなどと予想できるものがいるのだとすれば、それはもはや神にも等しいと呼べるほどの領域だろう。


 だが、私だけはこれを予測できる。馬鹿げた話だが、私にはその記憶があるのだ。


「将軍もまた、我が国の"自由"の元で成り上がった御方ですから。何かお考えがあるのかもしれませんね」


「はっきりとモノを言いなさい」


「では、失礼を承知で言わせて頂きます。将軍はユリーカ様に手柄を盗られる事を恐れているのです。そして、自分の巧みな手腕によって王都を防衛したことを示すことでユリーカ様の父君、現元帥閣下に認められようとしているのかもしれません」


「あら、お前はちゃんとよく分かっているじゃない。そう、将軍は私から手柄を横取りしようとしているの。許せないわね」


 ……実の所真相は違う。そして、そう単純な話でもない。


「ですが、経験に優れた将軍の指揮の元で戦う方が兵をまとめることが出来るという点に関しては、否定できません」


「ぐっ……お前までそう言うのね」


「ですので、ここは将軍の指揮下の元で武功をたてられた方が……」


 ユリーカ様が大人しく将軍の指揮の元で戦うのならば、降伏することで命は助かるかもしれない。また、事実上殆どお飾りであるとはいえ、軍の最高指揮命令権を持つユリーカ様が生き残ることで、将軍の自由を牽制することで"裏切り"を未然に防げるかもしれない。


 とにかく、ユリーカ様の死の原因は、ユリーカ様が独断で動いて辺境武家貴族の奇襲部隊とバッタリと遭遇してしまうせいなのだから。これさえ防げば未来は変わるかもしれない。


「いやよ! 私が最高指揮官なのよ! お父様に私の完璧な実力を示してみせる絶好の機会なの、誰にも渡さないわ」


 だが、ユリーカ様は焦っておられる。無能のレッテルを父君から張られることをひどく恐れている。だから、私がいくら止めようとした所で手柄をあげるために独断で動いてしまうかもしれない。


 ならば、別の方向でもう一手打とう。


「……実は、今私が所属している部隊だけが把握している情報なのですが……近々、オリアナ様の部隊が王都に奇襲を仕掛けてくるという情報がございます」


「!? 何故お前がそれを知っている!」


「私は少しばかし、密偵とも顔が利きますので」


 まぁ、嘘なんですが。だが、この程度の情報ならば上級貴族ならば密偵を介して得ていてもおかしくはない。


「案外、油断ならない男ね、お前は」


 ……実の所、本当に油断ならなかったのは現在のレムナント王国を統治する傀儡の王であった。何故ならば、腐敗貴族の決起、将軍のレムナント王国への裏切りを仕組んだのも現女王だったのだから。


「いえいえ、そして耳よりの新しい情報があります」


「言いなさい」


「ハウル公国とレムナント王国の間にある高原都市をご存じでしょうか? あそこには広大な土地の水源となる巨大なダムがあり、その水は王都の水路まで流れているのです。そして、そのダムの周囲に敵の空中偵察部隊が現れたとの情報がありました」


 ちなみに、今話した辺境武家貴族の襲撃予定ルートは、現在のレムナント王国の傀儡の王であったはずの女が何の事前情報も無しにこれから"予見"するものだ。皮肉にも、民衆を守るために辺境武家貴族への抵抗を選んだレムナント王国の女王が、最も我が国の軍議に貢献してしまっていたのだから。


 レムナント王国に最も多くの功績をを残した王族は、賢王とうたわれた先王でもなく、次期王となるはずだった第一王子でもなく、辺境武家貴族の元に逃れた奔放な第二王子でもなく、政治も軍事も知らないただの箱入り娘であったはずの第三王女だったのだ。


「……まさか、ダムを崩壊させて激流で王都を沈めるつもり?」


「その可能性は否定できません。連合軍を含めてもたったの2~3万の軍で10万が守っている王城を落とすのですから、それくらいのことはやらないと常識的に考えれば落とせるわけがありません。ですが、オリアナ様が挙兵したというのは、つまるところ勝算があるからこそだと考えられます」


「ふ……ふふふ……つまり、敵の作戦を出し抜き、オリアナが卑怯にも王都を水没させようとした証拠を掴めば」


 ああ、私はこの自信に満ち溢れ不遜で邪悪な笑みを浮かべているユリーカ様を見たかった。


「ええ、ユリーカ様の名誉を貶めたオリアナ様を民衆の犠牲を省みない残虐非道の女と誹り返すことも可能でしょう。そして、それを未然に止めたユリーカ様の名声を民衆達は称えるでしょう」


「こうしてはいられないわ。早速軍を編成して強行軍しなければ」


「ええ、時間もありませんのでその方がよろしいかと思われます」


「ところで、お前は一体何者なのかしら?」


「ただのしがない一兵士でございます」


 この戦争の結末を知っている、だが。


「ならばこの私についてきなさい。お前の策と功績で"貴族"にして差し上げるわ」


 ……貴族、か。我が国、ハウル公国には貴族と呼べるような者が一体何人いたのだろうな。


「いえ、私は王都に残らねばなりません。まだ密偵としてやらなければならない仕事が残ってますから。そこを捻じ曲げれば私は命令違反で処罰されてしまいます」


 ……私が先ほど提案した策は成立しない。だから、私がユリーカ様の軍に同行する意味はない。


 何故ならば、高原都市に空中偵察部隊が現れた所までは事実でも、実際には辺境武家貴族やオリアナ様がダム崩壊などという民衆の犠牲前提の非道な方法をとるのを許さなかったというのが真実だからだ。それに、オリアナ様の人と成りを知っている者ならば、そんな策取るわけがないと誰しもが思うだろう。


 つまり、ユリーカ様が功績を得ることはない。敵の居ない場所に部隊を引き連れて散歩しに行くだけだ。だから、私のついた嘘は後にユリーカ様の名誉を大きく傷つけるかもしれない。だが、それでもだ。


 私は、ユリーカ様がこの先の戦いで失われるよりは良くなるのだと信じている。


「そう。それなら仕方ないわね。なら欲しい物を一つだけ言いなさい。融通してあげましょう」


「ならばお願いがございます。レアメタル採掘用のダイナマイトを融通して頂くことは可能でしょうか?」


「ダイナマイト……? なぜそんなものを?」


 ダイナマイトは我が国の技術の結晶であり、誇りだ。これまでピッケルやツルハシで掘るなどという原始的手法で行っていた鉱山採掘の効率を爆発的にあげ、我が国を富ませるために技術者達が考えに考え抜いて作り出してくれたものだ。


 そして、他国に我が国の書を"全て"焼かれたことで"戦後"に失われたものだ。


「……我が国ハウル公国の栄光のため、ひいてはユリーカ様の栄光のために、どうか」


 静かに敬服の姿勢をユリーカ様に示してみせる。


「……いいでしょう。お前が私を裏切るつもりならばとっくに裏切っている。それに免じてダイナマイトを与えましょう」


 そして、辺境武家貴族が奇襲仕掛けてくる当日の深夜。つまり、ユリーカ様の死亡した時間に、私は王城の哨戒任務から密かに抜けだし、王都と王城を繫ぐ大橋の影に隠れ潜んで"敵"が現れるのを待っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ